他の教会の問題に対して私たちはどのように対応すれば良いか?

他の教団や教会で、信仰上の脱線や、牧師による信徒への人権侵害が発生したとき、私たちはどのように行動すれば良いのでしょうか?
聖書はこの問題についても明確に指示を与えています。
今日はこの問題について、皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。

①かつてペンテコステ運動の中で三位一体の教理を認めない異端が発生したことがありました。

その当時の日本人牧師は、アメリカからやってきた宣教師にお世話になっていたため、面と向かってワンネスの異端に対して反対することが出来なかった方もおられたようでした。
ありのパパにとっては昔の話であり、心の中では「なぜきっぱりと対応できないのか?」と人ごとのように感じていました。

それが現在では、セカンド・チャンスという異端が聖霊派教会の中で大手を振ってまかり通っているのです。
キリスト教プロテスタント三派(リベラル派・福音派・聖霊派)合同の大会で、何と聖霊派の代表としてセカンド・チャンスを主唱する牧師が選ばれました。
このようなことが表立って反対されることもなく、実現してしまうということに非常な危機感を覚えます。
万人救済主義を信じる人もいるリベラル派ならいざ知らず、聖書を一字一句神の霊感された言葉であると信じる福音派教会からも反対の声があがらなかったことについても大きな疑問を感じます。
結局、彼らの信仰上の主張は建前であり、本音では違う考えを持っていると言われても仕方がないのではないでしょうか。

②私たちは聖書の命令に基づいて、他の教団や教会で起っていることに対して行動を起こさなければならないときがあります。

「誰でも、他のクリスチャンが罪を犯しているのを見たら、神に願い求めなさい。」[Ⅰヨハネ5:16]

上記の聖書個所は他のクリスチャンが脱線しつつある時、どのような対応をすれば良いのかを教えているところです。
はっきりと異端になってしまえば、そのような人のことまで祈れとは言わない。
しかし異端すれすれのボーダーラインにいるような人に対しては、その人々が回復されるために祈れと教えているのです。
これは統一教会やエホバの証人など、明確にキリスト教の異端(またはキリスト教系の新興宗教)と定義されるような人々の回復のために祈れとは言わないが(それはそうです。彼らは初めからクリスチャンではありませんから)、しかし真の教会の中で育ちながら間違った教えに移行しつつある人のためには、彼らが正統的な信仰に戻ってこれるように祈れという意味です。

③現在の日本の福音主義教会を見ていると「黙して語らず」が大勢のように見えます。

なぜでしょうか?

a.村社会意識

「彼らは神よりも人の目を恐れた」と聖書にあります。
これが村社会意識の最も適切な説明であろうと思います。
教会を長く指導してきたリーダー的存在の牧師の多くが、現在裁判で係争中の牧師と深い関係を保っています。
それで多くの牧師はリーダー的存在の牧師に睨まれたくないために、口をつぐんでいるようです。
もちろんこれは被害者を可愛そうに思う気持ちがないからこそ出来ることです。
被害者の心の傷を慮るなら、決して黙ってなどいることは出来ません。
聖書は「神を愛する人は、神によって生まれ変わらせていただいた人をも愛することが出来る」と言っています。

b.世俗主義

口をつぐんでいる牧師は結局のところ、自分の教会が大きくなることだけを望んでいるのだと思います。
それでどんな人権侵害が発生したとしても、彼らの目から見ると、それは「多くあるトラブルの一つ」としてしか映っていないのではないでしょうか。
教会の量的拡大を商売のような感覚で受け止め、世の中のやり方で押し進めようとしても、それは無駄なことです。
なぜなら「あかしをされるのは、御霊の神である」と言われる神が、人の心の内面をご覧になっておられるからです。
その御霊の神の導きに反しているのに、御霊の神が教会を成長させてくださるはずもありません。

c.様子見という罪

「右を見て、左を見て、決して上(神)を見ず、また前(あるべき姿)も見ず」
ヨシュア記の8章と9章を見ると、ヨシュアをはじめとしたイスラエルの民が、神の直接的な指示によって行動していることが分かります。
彼らが神に御心を伺わなかったとき、彼らは失敗しました。
旧約時代においてさえそうなら、聖霊の時代と言われる新約時代の今はなおさらそうする必要があるのではないでしょうか。

◎もし本当にリバイバルを願うのなら、神に個人的・人格的・直接的に結びついて、自分の良心に語り掛けられる御声に従うことから始めなければなりません。

どうぞコメントをお残しください。初めてコメントなさる方は必ず自己紹介をお願いします。自己紹介のないコメントを承認することはありません。詳しくはメニューの「コメントしてくださる方へ」をご覧ください。