天安門大虐殺事件と南京大虐殺

21年前の六月四日、中国の民主化を求めて天安門広場に集まった百万人の学生たちの多くが、人民解放軍によって虐殺されました。
これより52年前の1937年、日本軍によって三十万人が殺されたと言われる南京大虐殺事件が起きました。
僅か半世紀の間に、外国の軍隊と自国の軍隊によって同数の人々が殺されなければならなかった国民の悲哀はどのようなものでしょうか。

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1.天安門大虐殺事件で殺された人数

①百万人の学生の中、何割の人々が撃ち殺され、戦車によって轢き殺され、火気砲によって焼き殺されたのでしょうか?

人民解放軍は片方で撃ち殺し、ひき殺し、もう片方では死んだ人々を一カ所に集めて火気砲で焼き殺したと言われます。

②2000年の時点で、このとき殺された息子の真相を確かめようとした大学教授の親が大学を解雇され、自宅軟禁されているという事件がありました。

これは中国政府に隠し通さなければならない秘密があることを示すものです。
もし僅かの人数しか亡くなっていないのであれば、隠す必要などは全然ないわけです。

③文化大革命の被害者の話はマスコミを通じて良く流れます。

しかし天安門事件の被害者の話は全く流れることがありません。
これは「死人に口なし」ということではないでしょうか?
これらの状況から見ると、百万人のうちの約三割の人が殺され、残りの人々は負傷をしたけれども逃げ延びることが出来たのではないかと推測します。

2.南京大虐殺のこと

①我が国では「南京大虐殺はなかった」という人たちが後を絶ちません。

彼らは妄想と捏造の歴史観を弄ぶ人たちであり、我が国の名誉を汚すと言う意味で売国奴と呼ばなければなりません。
自分の国が行ったことを正直に認める勇気を持つ者だけが、天安門大虐殺事件に対して語る資格を持ちます。

②我が国のカリスマ運動(キリスト教リベラル派における聖霊運動のこと)の指導者は南京大虐殺を否定しています。

またセカンドチャンス(キリスト教福音派における万人救済主義)の主唱者も同じく南京大虐殺を否定しています。
これは何を意味しているのでしょうか?
彼らの政治的意見と信仰上の主張を分けて考えるべきでしょうか?
いいえ、決してそうは思いません。
信仰上の間違った主張と、妄想と捏造の歴史観を弄(もてあそ)んでいることは、つながっていると思います。
それは彼らが真実を自分の都合のよいようにねじ曲げてでも、脳内の妄想を優先させようとする傾向があることを示しています。

3.政治を民主化するために、最も効果のある道は国民が聖書的なクリスチャンとなること。

①中国では現在家の教会を始めたとしたクリスチャン達が、人口の約一割を占めるようになったと言われます。

これは一億三千万人のクリチスャンが存在すると言うことです。
この数字は言うまでもなく我が国の総人口に匹敵するものです。

②韓国では軍事政権が市民の人権を侵害する時代が長く続きました。

軍事政権によって外出禁止令が出されている時でも、教会は徹夜祈祷会を躊躇なく行いました。
外出禁止の時間直前に夜の集会を始め、続いて徹夜祈祷会を行い、そして最後に早天礼拝を行いました。
そうすると丁度夜間外出禁止令が解除される時間になると言うわけです。
このようにして真摯に祈り、またまたコツコツと伝道した結果、クリスチャンは人口の三割を超えました。
首都のソウルでは人口の半分がクリスチャンであると言われます。
クリスチャン人口が三割を越えたころから、韓国の民主化は著しく進みました。
このことからも明らかであるように、政治が民主化されるための基盤はクリスチャンが多数派を占めることです。

③もちろんクリスチャンと言っても、聖書を読んだこともない、祈ったこともない、救いの確信もないという名前ばかりのクリスチャンがいくらいても何の役にも立ちません。

聖書を忠実に読み、熱心に祈り、自分を愛するように隣人を愛する真のクリスチャンでなければならないのは言うまでもないことです。

◎キリスト再臨のその日まで、自分を愛するように隣人を愛する生き方に徹したいものです。

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