天安門事件と南京大虐殺の真実。事件を福音主義の視点で見ると?

1989年6月4日、中国の民主化を求めて天安門広場に集まった百万人の学生と市民の多くが人民解放軍によって虐殺されました。
これより52年前の1937年、日本軍によって三十万人が殺されたと言われる南京大虐殺事件が起きました。
わずか半世紀の間に外国の軍隊と自国の軍隊によって自国民が殺されなければならなかった中国国民の悲哀はどのようなものでしょうか。

1.天安門事件で中国軍が自国民を殺害した人数

①少なくとも1万人という報道があるが正確な数は不明

百万人の学生と市民のうちの何割の人々が撃ち殺され、戦車によって轢き殺され、火気砲によって焼き殺されたのでしょうか?
人民解放軍は片方で撃ち殺し、ひき殺し、もう片方では死んだ人々を一カ所に集めて火気砲で焼き殺したと言われます。

②真実を隠蔽する中国政府の意図は何か?

2000年に殺された息子の真相を確かめようとした大学教授の親が大学を解雇され、自宅軟禁されるという事件がありました。

これは中国政府に隠し通さなければならない秘密があることを示すものです。
もし僅かの人数しか亡くなっていないのであれば隠す必要などは全然ないわけです。

③文化大革命と天安門事件を比較すると見えてくることがある

文化大革命の被害者の話はマスコミを通じて良く流れます。
しかし天安門事件の被害者の話は全く流れることがありません。
これは「死人に口なし」ということでしょうか?

これらの状況から見ると百万人のうちの約三割の人が殺され、残りの人々は国外逃亡と国内に潜伏したのではないかと推測します。

2.南京大虐殺のこと

①妄想と捏造の歴史観をもてあそぶ馬鹿者ども

我が国では「南京大虐殺はなかった」という人たちが後を絶ちません。
彼らは妄想と捏造の歴史観を弄ぶ人たちであり、我が国の名誉を汚すという意味で売国奴と呼ばなければなりません。

自分の国が行ったことを正直に認める勇気を持つ者だけが天安門大虐殺事件に対して語る資格を持ちます。

②我が国のキリスト教カリスマ運動の指導者の歴史観

我が国のカリスマ運動(キリスト教リベラル派における聖霊運動のこと)の指導者は南京大虐殺を否定しています。
またセカンドチャンス(キリスト教福音派における万人救済主義)の主唱者も同じく南京大虐殺を否定しています。

これは何を意味しているのでしょうか?
彼らの政治的意見と信仰上の主張を分けて考えるべきでしょうか?
いいえ、決してそうは思いません。

信仰上の間違った主張と、妄想と捏造の歴史観を弄(もてあそ)ぶことは実は心の中でつながっているのではないかと思います。
それは彼らが聖書の言葉や歴史の真実を自分の都合のよいようにねじ曲げてでも自分の妄想を優先させようとする傾向があることを示しています。

3.民主化のために最も効果のある道は国民が聖書的なクリスチャンとなること

①中国のキリスト教

中国では家の教会を始めたとしたキリスト者が人口の約一割を占めるようになったと言われます。
これは一億三千万人のクリチスャンが存在するということです。
この数字は言うまでもなく我が国の総人口に匹敵するものです。

②韓国のキリスト教

韓国では軍事政権が市民の人権を抑圧する時代が長く続きました。
しかしキリスト教会は軍事政権によって外出禁止令が出されている時でも徹夜祈祷会を躊躇なく行いました。
外出禁止の時間直前に夜の集会を始め、続いて徹夜祈祷会を行い、そして最後に早天礼拝を行いました。
そうすると丁度夜間外出禁止令が解除される時間になるというわけです。

このようにして真剣に神に祈り、熱烈に伝道した結果、キリスト者が人口の三割を超えました。
首都のソウルでは人口の半分がクリスチャンであると言われます。
クリスチャン人口が三割を越えたころから韓国の民主化は著しく進みました。

このことからも明らかであるように政治が民主化されるための基盤はクリスチャンが多数派を占めることです。

③有害無益なキリスト者とならぬように

もちろんクリスチャンと言っても聖書を読んだこともない、祈ったこともない、救いの確信もないという名前ばかりのキリスト者がいくらいても何の役にも立ちません。
聖書を忠実に読み、熱心に祈り、自分を愛するように隣人を愛する真のキリスト者でなければならないのは言うまでもないことです。

キリスト再臨のその日まで、自分を愛するように隣人を愛する生き方に徹したいものです。

◎平安と祝福を祈っています。

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