霊と魂の切り分けは可能か?

分離主義カルトとでも言うべき人々の主張に、「霊と魂の切り分け」というのがあります。
今日は皆さんとご一緒に、この問題を考えてみたいと思います。

①霊と魂は分離不可能です。

人は神と交わるのに魂を通して霊的に交わります。
人が他者と交わるときは、自分の霊を通して神の愛が流れ込み、その愛が今度は魂を通して隣人への愛となって流れ出ます。

②霊と魂を切り分けることが重要と言いますが、事実は全く逆です。

彼らは人格的問題を解決するにはそうしなければならないと力説します。
そのようなことは思い込みと抑圧に過ぎません。

③人格的問題は切り分けという演技による抑圧ではなく、ありのままの自分を受容することを通し、自分の本音を解放することによって、一つ一つ解決していくものです。

そうしない限り、基礎と土台のない家のようであり、自立した信仰者となることは出来ず、他の教会を批判することによって自分が生き延びるという誠にお粗末な体たらくを示すことになります。

④聖書は霊と魂の切り分けということを教えているでしょうか?

いいえ、聖書のどこにもそんな教えはありません。
彼らの作り上げた妄想と狂気の産物でしかありません。

⑤「滅びが来る!滅びが来る!」と叫びつつ、政治指導者を罵倒することが、彼らの仕事です。

彼が前の政権のときに言っていたことを彼らはもう忘れていることでしょう。
多分次の政権になったら、今の政権に対して自分が行った批判はきれいさっぱり忘れて、脈絡のない思いつきの非難・中傷をまた新しく始めることでしょう。
そして「自分が言った通りになっている」と自慢たらしく述べて恥じることがないのです。

それもそのはずであり、彼らは自分たちが格好のよい批判者のポーズさえ取れれば、それで十分なのです。
その他のものは皆そのためのネタに過ぎません。
彼らの願いは、三流の評論家、ゴシップ専門のタブロイド紙のように、人々の受けが良いことを垂れ流し続けることです。
そして「ほら見てごらん。私が言った通りになったでしょう。」と、のたまうのです。
狂気と妄想のゆえに、末期的症状を呈しつつあるのは、一体だれでしょうか?

◎彼は偽教師と呼ばれなければならない人々ではないでしょうか。
これが彼らの正体にほかならないと思います。

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