怒りを適切に処理する方法

人は怒りを感じたときに、二通りのやり方で怒りを処理しようとします。
ある人々は外向的に、もう片方の人々は内向的に。

スポンサーリンク

①怒ることが出来ない人々

ありのパパは子供のときは怒ることを知りませんでした。
と言うよりも怒れなかったという方が当たっているでしょう。
今から思うとですが、怒りを感じるような場面に遭遇すると、心の内部でブレーキが掛かるのを感じました。
「怒り起動システム」(笑)がスタートしようとすると別のシステムが働き、心がフリーズしてしまうのです。
感情が凍りつくと言うか、何も感じなくなりました。
これはのちに、アダルトチルドレン特有の感情処理の仕方であることを知りました。
ここまでは感情を内向的に処理していた時代の話でした。

②怒りを調節できない人々(癇癪持ちの人々)

興味深いことに、ありのパパはいつの頃からか、怒りの感情が外側に向かって放出されるようになりました。
この理由は分かりません。
推測しているのは、クリスチャンになったことで、怒っていいことと、いけないことの明確な座標軸が与えられたため、怒りを外側に出す管が出来たからではないかということです。
しかし困ったのは、人生の半ばまで怒ったことがないため、適切な怒り方が分からないのです(笑)。
どういうことか言うと、怒る直前まで心の中で「怒っちゃいけない。怒っちゃいけない。」と呪文のように唱えます。
これは結局、怒りを心の中に充満させる役割を果たすことになります。
ロックが掛かっていない圧力鍋のように、圧力が貯まるだけ貯まったあとに、怒りが爆発するのです。
このような怒りの爆発が定期的に起きるものですから(二ヶ月に一回程度)、自分でも困り果ててしまいました。

③どのように怒りをコントロールするか?

それで自分なりに考えたのが、文章記述を変えるという方法でした。
これは頭の中で「怒っちゃいけない」というテープがグルグル回っているのですから、このテープを別のセリフが録音されているテープと交換するということです。
新しいテープには、「いつでも怒っていい」という文章が録音されています。
この作戦は見事に当たりました。
これをして以来、怒りが爆発するということがなくなりました。
それでも気が付くと、心の中で「怒っちゃいけない」というテープが回っているときがあります。
そのようなときは、自覚的に文章記述を変え、「いつでも怒っていい」と自分に言い聞かせます。
しばらくの間は、このような葛藤がありました。

④人はコントロール不能な怒りから解放され得る

現在では「いつも機嫌が良い人」(笑)として日常生活を過ごすことが出来ています。
振り返って考えてみると、怒りが放出されるところに蓋をしていたのかもしれません。
その蓋が取れて、いつでも怒れるようになったのはいいけれど、今度は調節の仕方が分からないという問題が出てきたわけです。
その問題を文章記述を変えるという方法で解決したのでした。

⑤怒りと体の関係

ある本の中に「ほとんどの腰痛は怒りが原因である」と書かれてありました。
これを読んだとき「そんな馬鹿な!」というのが正直な感想だったのです。
しかし自分自身が腰痛で病院の整形外科に行きましたとき、待合室では看護師に喰って掛かっている整形外科の患者さんが多くおられました。
それで心の中で「あの本に書いてあったことは、全く見当外れと言うわけでもないかもしれない」と思うようになりました。
ありのパパの場合も、心の深いところで怒りを強く規制するメカニズムが未だに働いているのでしょうか。
それで内攻した怒りが、腰痛となって現れているのかもしれません。
ますます怒りの適切な処理方法を身に付けたいと思わせられます。

⑥怒りに基準はあるか?

確かにあります。
それは自分の人権が侵害されたときです。
人権は神から与えられた不可侵のものですから、もしこの人権が侵害されたなら、全力で怒って良いのです。
もう一つは他者の人権が侵害されたときです。
自分の人権を大切にしている人は、他者の人権が侵害されたとき、黙って見ていることが出来ません。
これも全力で戦うべき時です。

⑦怒りの現し方に基準はあるか?

これも確かにあると言えます。
なぜなら、理性というフィルターを通さない、むき出しの怒りは、その人自身と周りの人に傷を与えるからです。
犬や猫ではないのですから、全体を考えながら怒ることが必要です。
犬や猫でもと言いましたが、少なくとも犬はどんなに怒っても、愛している飼い主を害することをしません。
ということは、むき出しの怒りを外に表す人は犬以下ということになります。
ありのパパもかつては犬以下だったと言うことになります(笑)。

◎怒りが内攻すると、心と体に異変が生じやすくなります。
また怒りが外攻すると、反社会的行動に結びつくこともあります。
私たちは怒りの適切な処理方法を身に付けて、この地上生涯を誤りなく歩んでいきたいものです。

スポンサーリンク

コメント

  1. Mie より:

    ありのパパさん、こんばんは。いつも更新をありがとうございます。

    「ほとんどの腰痛は怒りが原因である」というのに、なるほどぉと思いました。
    ちなみに私は、不調はお腹にくるタイプです。若い時から過去に腸炎も3回ほどしております。
    ぎゅぅうぅ~っと、喜怒哀楽いろんな感情や思いを、全部自分の腹の中に抑圧し、押し込めてしまう性格だったからです。
    人の心と体はつながっている、というようなことを書いてあったそんな文章に出会った時、
    まさに「あの本に書いてあったことは、全く見当外れと言うわけでもないかもしれない」と私も思いました。
    おかげさまで、クリスチャンになってからここ7年ほどは、腸炎は患っておりませんが…
    守られ生かされていることを深く感謝しつつ、自分にも改めてきちんと向き合いつつ、日々大切に送っていきたいと思います。

    ありのパパさんも、どうぞお大事にされてください。

  2. arinopapa より:

    Mieさん、こんにちは。
    コメントありがとうございます。

    そうですね。私も子供の頃は定期的にお腹が痛くなっていました(笑)。
    腸がねじれるような感じでした。

    多くの人が人間関係に悩んでいますが、もう一人の自分である自分自身と、どのぐらい良い関係を築けているかが、対人関係を決定しているように思います。
    まさにカウンセリングの世界で言うところの「他者受容は自己受容に正比例する」ということでしょうね。

    またコメントしてください。

  3. かたまり より:

    ありのパパさんいつもありがとうございます。かたまりです。
    私も怒りをためまくってでしょうか、腰を悪くしていました。
    怒りの適切な処理方法は私も課題です。
    さて、怒ってはいけない という文章記述を変える作業を日々している中で思ったのですが、過酷な環境を生き抜くために感情をフリーズさせてきたアダルトチルドレンの私のような人間にとっては、これは怒り以外にも適用できるようです。
    泣いてはいけない、笑ってはいけない、喜んではいけない、、、などなど。
    ずいぶん窮屈な生き方をしていたことに気づきました。

    • arinopapa より:

      こんばんは、かたまりさん。
      コメントをありがとうございます。

      そうですね。アダルトチルドレンにとっての回復は、不自由な生き方からの解放ということが言えると思います。
      お互いに、感情の蓋(ふた)をコントロールする術をますます学んでいきたいものです。

      またコメントしてください。お待ちしています。