トラウマも抑圧感情も関係ない。輝いて自分らしく生きる道はこれだ!

どうしたら本当の自分の姿に気づき、無限の成長軌道に乗ることが出来るでしょうか?

1.ゲームを止める

①ゲームをするとは?

これは自分の本音でないと感じているにもかかわらず、「偽りの本音」を人間関係において演じることです。
このようなことは私たちの社会においては普通に演じられていることです。

しかし誰も自分の本音でないものを演じて幸せを感じる人はおりません。
では何故演じるかと言うと、そうしないと人の目が気になって仕方がないからです。

②ゲームをしている自分に気づく

ゲームをしている間は本当の自分に直面しなくとも済みますから心が楽ちんです。
しかし自分自身に直面しない限り、本当の幸せを自分のものにすることは出来ません。

他人が期待する自分を演じている間は人生を本当の意味で生きているとは言えません。
そこには空虚感というものが必ずあります。

この空虚感をきっかけにして実は本当の自分を生きていなかったということに気づく必要がどうしてもあります。

③ゲームをする自分から脱する

自分がゲームをしていると気づいたら、そこから脱出することです。

ここで言う脱出とは次のことを意味しています。

a.自分がゲームをしていることに気づく

b.幸せごっこを止める

c.本当の自分を見据えて生き始める

2.ゲームを止めるとはどういうことか?

①ふりをするのを止める

テレビを見ていると芸能人という人々がいかに視聴者の期待に応えることに敏感であるかがわかります。
視聴者がここで泣いてくれないかなと思うところでしっかりと泣き、笑ってくれないかなというところでにっこり微笑むのです。
そうしないと「空気が読めない奴」と言うことで段々と声が掛からなくなるのかもしれません。

彼らはそれが仕事ですからまだ理解できますが、これを一般人が普段の生活で行ってはなりません。

親の期待に応えて勉強していた子がとうとう親の期待に応えられなくなるのが登校拒否です。
人の期待に応えて生きるのではなく、自分が生きたいように生きるのが人として自然なことであり、そうしない限りいつかは人生が行き詰まってしまいます。

②正直に生きる

正直に生きるとは「うれしい?」と聞かれて、自分が嬉しくないときは「ううん。嬉しくない」と答えることです。

もちろんいつもそれで良いということではありません。
たとえば子供が母親にプレゼントをあげて感想を聞いたとします。
その時そのプレゼントが嬉しくなかったとしても決してそう言ってはなりません。

ありのパパが子供のとき自分の母に食事を作ってあげたことがありました。
その時、母は「こんなに美味しいものは食べたことがない」と言ってくれました。
それでそれからは家族に食事をちょくちょく作ってあげるようになりました。

申し上げたいことは自分に正直になることは一番大切なことであるが、そのために自分より弱い立場の者を傷つけてはならないということです。

③気づきを持つ

どうしたら気づきを持てるのかと質問されることがありますが残念ながら正解はありません。
回り灯籠(とうろう)は自分で回そうとしている限りなかなか回らないのですが、自分で回そうとするのを諦めると自然に回り始めるのです。

人の心はこの回り燈籠と同じようなものであると言えます。
気づきを持とうと焦っているうちはちっとも気づきを持てないのですが、自力で気づこうとするのを諦めると心が自然に気づきを得始めるのです。

3.人間関係におけるゲームから脱却する

①原因を外部に求めない

人間とは人のせいにする動物です。
人のせいにすることを止めない限り自分の本音に気づくことはありません。
なぜなら自分の目が外部を向いている限り、自分の内部を見ることはないからです。
しかしこれは難しいことでもあります。
なぜなら人のせいにしている方が楽だからです。
しかし人生を棒に振ることになります。
自分の問題として受け止めるとき、解決という名前の奇蹟が必ず与えられます。

(注意:ここで書かれていることを決してレイプ被害者・虐待被害者・マインドコントロール被害者の皆さんに適用しないように。「私にも悪いところがあった」と思っている限り、癒しは始まりません。そう思わせることが犯人たちの常套手段であり、そうすることは彼らの思うつぼです)

②「私が悪い」という一人芝居をしない

ここで言う一人芝居とは本当はそう思っていないのに拗(す)ねてしまい、そのように振る舞うということです。
このような人に向かって「その通り。やっと分かったか!」などと言おうものなら血の海を見ます(笑)。

しかしこのような安物の三文芝居をやっている限り自分の本音に気づくことはありません。
ご自分が本音のところで「私はちっとも悪くない」と思っているなら、はっきりとそのように宣言することです。
癒された芝居をいくらしても虚しいものです。
芝居を止めて、本音を生き始めるところから癒しは始まります。

③自分が人生の主人公になる

ほとんどの方は傷つきながらも何とか脱出の道を探し求めておられるのですが中にはそうでない方もおられます。
それは人への恨みの中に安住して怨念というマイナスのエネルギーを糧にして生きている方々です。

もちろんどんな生き方をしても人に迷惑をかけない限りその人の自由ですが、しかし口を開くと「私は癒されたいと願っています」と申されます。
自分でも自分の本音に気づかず、抑圧された本音に振り回されているのだと思います。
しかし自分が自分自身の人生の主役とならない限り、癒しなどというのは絵空事に過ぎません。

実はありのパパの中には、今も怨念や憎しみや恨みがあります。
しかしそれらは神の恵みによって、ありのパパのコントロール下にあります。
このようなマイナスの感情が表出する度ごとに、ありのパパは神へのラブコールをすることにしています。
「私にはあなたが必要です。私はあなたなしには生きていけません。私はあなたを愛しています」

そうすると、悪魔が地団駄踏(じだんだふ)んで悔しがっているように感じるのが可笑しいです(笑)。
そういうわけで以前は否定的な感情が押し寄せてくると「まだ、こんな自分だ」と気落ちしていたのですが(それこそ悪魔の思うつぼです)、今は否定的な感情が襲ってくるのを楽しみに待っている自分がいるのです。

主を褒めたたえます!

◎回復と平安を祈っています。

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