善きサマリア人とは?(その2)

先週の日曜日(2010年4月11日)のブログに「来週の日曜日に、この答えを明らかにしたいと思います」と書いたのですが、大変申し訳ないことに、すっかり忘れておりました。
お許しくださいませ。

さて、その質問とは「善きサマリア人」の物語の中に、あなたが出てくるのですが「それは誰でしょう?」というものでした。
登場人物は宿屋の主人、サマリア人、レビ人、祭司、盗賊、盗賊に襲われた人の6人です。

①宿屋の主人

ある方は「私は宿屋の主人かな」と申されました。
宿屋の主人は重要な役回りです。
なぜなら、この人がいないと、サマリア人は自分の仕事をキャンセルしないといけませんでした。
またこの人は自分の通常の仕事をやりながら、病人の看病という余分な仕事を引き受けました。
なかなか出来ないことです。
また、いくら顔見知りとはいえ、サマリア人の申し出を信じることは決断を要することでした。
ありのパパは、このような状況における人々の申し出を承諾するということに困難を感じる人間ですので、尊敬の念をもちます。

②盗賊に襲われた人

ありのパパのセルフイメージは誰かと言うと、盗賊に襲われた人です(笑)。
その心は、「みんなに助けてもらってありがとう」というものです。
人は大抵、(神様抜きの)希望を抱いて人生を歩み始めます。
この段階において、神様とかキリストとか信仰とかは、オプションに過ぎません。
要するに、万能感に満ちあふれているため(自分が神という意)、キリストの救いなど、てんでお呼びでないのです。
しかし誰にでも自分の力では如何ともしがたい困難や試練が訪れるときが必ずやってきます。
これがキリスト教の人生観です。
その時、怪我の程度が軽いと万能感は無くならず、傷が癒されると、また自分が神になる可能性がありますから、身動き出来ない位やられた方が身のためです。
キリスト様に助けていただくだけでなく、あの人にも、この人にも助けていただいて、足を向けて寝られません状態になるのが理想です。

③レビ人と祭司

聖書では大変な言われようなレビ人と祭司ですが、これには理由があります。
それは盗賊に襲われた人から見た視点で、この人はどうなのかということが語られているのです。
しかも恐るべきは神様も、この盗賊に襲われた人と同じ視点から、レビ人と祭司を見ているということです。
震え上がりますね(笑)。
みんな自分なりの言い訳があるのです。
「こんな忙しいときに、トラブル持ち込みやがって!」というのが本音であったとしても、それは神様には通用しないのです。
人は「もっと大人になれよ」とか「成熟しようね」とか分かったようなことを言ってくれるのですが、神は盗賊に襲われて、もしかしたら自己憐憫に陥っているかもしれない人と同じ視点で人々を見ておられるのです。
なんと憐れみ深い神様でしょうか。

④盗賊

聖霊派の教会なら、盗賊とはサタンであると言うかもしれません。
ありのパパなら、盗賊とはカルト教会の牧師とそれに協力して恥じない牧師であると言います。
しかし不思議なことに、この聖書個所を読むと明らかなのですが、聖書の視点は、盗賊が悪いというところにはなく、助けることを期待されている人々が助けておらず、みんなから軽蔑されていた人が本物であったというところにあります。
それはなぜかを考えると、それはいつの時代にも悪い人というのは存在しているのであり、問題は被害者を助けるべき人々が、その働きをしているかどうかというところにあるからだと思います。
さて、わたしたちはどうでしょうか?

⑤善きサマリア人

なぜサマリア人は、自分たちを差別するユダヤ人を助けることが出来たのでしょうか?
不思議に思いませんか。
ある人は「宗教なんか関係ない。博愛精神が一番大切なものだ。この物語はそれは証明している。」と言うかもしれません。
しかしありのパパはそのようには考えません。
なぜなら世界の現状は、単なる博愛主義がどれほど無力なものかを証していると思うからです。
では、なぜサマリア人は、ユダヤ人を助けたのでしょう。
ありのパパは、こう推測します。
それは彼も以前、盗賊に襲われたことがあったのではないでしょうか。
そしてその時、助けてくれたのが真のユダヤ人であったのかもしれません。

話は変わりますが、第二次世界大戦のとき、リトアニアに避難したユダヤ人数千人に日本通過ビザを発給した杉原畝さんという方がおられます。
この方は戦後、イスラエルから「真のユダヤ人」として名誉勲章を送られました。

⑥強盗に襲われた人が、善きサマリア人になる。

もし、ありのパパの推測が正しければ、強盗に襲われた経験も只の災難ではなく、後々用いられるための貴重な経験であったということが出来ます。
ある人は「貴重な経験なんかしなくて結構です。安楽で静かな一生を送りたいのです。」と言われるかもしれません。
どうぞご安心ください。
先程申し上げたように、誰にでも試練や困難はやってきます。
それだったら、逃げないでこっちから飛び込んだ方が得です。

⑦善きサマリア人になる秘訣

人の話を聴けるようになる秘訣は何かというと、それは人に話を聴いてもらう体験を沢山することです。
それによって、人の話を聴けるようになります。
また、同じような辛い体験をした人の話は聞けますが、全然異なる体験はなかなか聞けるものではありません。
ですから、自分と同じような体験をした人を自分の対象にすることです。
これが秘訣です。
祝福を祈っています。

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