納棺夫日記から考える劣等感からの解放とありのままを受け入れること

以前、「送り人」という映画がヒットしたことがありました。
今日はその映画の原作者である青木新門さんのお話です。

        

1.納棺夫になった切っ掛け

青木さんは小説家を目指しましたが事業に失敗してしまい夢は挫折しました。
それで食べていくためにアルバイトを募集していた葬儀社に勤めることにしました。

その当時、青木さんの住んでいた地方では死者の衛生を保つ作業は親戚・家族の者が行い、葬儀社の人間は手を貸しませんでした。
しかし酒に酔った親戚の者が馴れぬ手つきで行う作業を見ていられず、青木さんは手伝いを始めます。
それがいつしか評判となり、その葬儀社の社長から「君は死者の衛生を保つ仕事だけをしてくれれば良いから」と言われ、会社の中で特別扱いをしてくれるようになりました。

それにもかかわらず青木さんには悩みがありました。
それは葬儀の仕事にかかわっているというだけでも快く思わない人がいるのに、その上、納棺夫(死者の体をきれいにする人のこと)をやっていると言えば何を言われるか分からないという恐れでした。
それで妻には「結婚式場に勤めてる」と嘘をつきました。

しかし人の目は誤魔化せないもので、いつしか「青木は納棺夫の仕事をやっている」という噂が立ち、友人は皆いなくなったそうです。
そして親戚代表のおじさんまでもが青木さんの自宅に怒鳴り込んで来ました。
このおじさんは両親を早く亡くした青木さんの親代わりとして大学まで上げてくれた人でした。
「このやろ~!お前を大学まで行かせたのは納棺夫をさせるためではない。この親戚の面汚し!」と口をきわめて罵りました。

その時、青木さんは「もしそばに金槌(かなづち)があったら金槌でおじさんを殴り殺していたかもしれない」と言っておられます。
このようなことがあり青木さんはご自分の仕事に誇りを持ちながらも街を歩くと知人に会うのでないかとビクビクし、実際に会うと物陰に隠れました。

このような青木さんでしたが三つの出会いによって人生が全く変わってしまいました。

        

2.仕事に誇りを持つようになる

あるお宅で納棺夫の仕事をしていると、それを見ていた体の不自由なお年寄りが這って青木さんに近づき「先生、私の時もお願いします」と言われました。

これは青木さんの仕事ぶりに感動したお年寄りが自分の葬式の時も頼むと言われたのでした。
「それまでは肩身の狭い思いで仕事をしていたのに『先生』と呼んでもらい、葬式の予約までしていただいて仕事に対する認識が全く変わってしまいました。」
この出来事によって青木さんは世間への劣等感から解放されたのでした。

        

3.初恋の人のお父さんのお葬式

その彼女からは幾度となく「父に会ってくれ」と頼まれていましたが、その願いを叶えることなく恋は終わりました。
そのため青木さんは気まずい気持ちでお宅に伺ったのです。

彼女のお父さんの亡骸(なきがら)をきれいにしていると、気づくと自分のかたわらにその彼女が座っているではありませんか。
納棺夫の仕事は重労働ですから額から汗が流れ落ちます。
その度毎に彼女は自分のハンカチで青木さんの額の汗を拭(ぬぐ)ってくれたそうです。

青木さんは「自分は『父に会ってくれ』という彼女の願いを叶えてあげることは出来なかった。しかし今、彼女の父の亡骸に自分は対面している。その光景を彼女は見てどんな気持ちであることだろうか」と思いました。

誰にもありのままに受け入れられなかった青木さんですが元の恋人には敬愛の情を持って存在の全てを受け入れられたことを感じたのでした。
それで青木さんは他人が自分を受け入れてくれなかったとしても、自分は自分自身をありのままに受け入れようと決心なさったのでした。

        

4.親戚のおじさんのこと

自分を罵った親戚のおじさんが末期ガンになり、病床に臥せっているとの知らせが届きました。

その時青木さんは「ざまあみろ」と思いました。
しかし東京の大学に通っていたとき住む場所を提供してくれた別の親戚のおばさんから電話があり「あなたはなんて恩知らずなの」と叱られ仕方なく病院にお見舞いに行きました。
「意識不明だったら話をしなくても良いのだが」思った青木さんですが、何と運悪く(?)自分が見舞いに行くと同時に意識が回復したそうです。

おじさんは目に涙を一杯ためながら動かぬ体を精一杯動かし、手を青木さんに差し出します。
そして口を何やら動かしています。
そばにいたおじさんの奥さんに「なんて言っているのだろうね?」と聞くと、「『ありがとう』って言っているのよ」と言うではありませんか。

その言葉を聞いた途端、青木さんの目からは涙が滝のように流れ出し、その場に座り込み、土下座しながら「おじさん、ごめん。赦してください」と言い続けたのでした。

自宅に戻ってくると同時に、おじさんの奥さんから「あなたが病室から出て行ってすぐに夫は亡くなりました。生きている間に会いに来てくれてありがとね」という電話がありました。

青木さんは「生きている間に会うことが出来て良かったのはおじさんではなく、私の方です」と仰います。
なぜならおじさんに会うまでは自分自身のありのままを受け入れるところまでは出来ていたのですが、人への恨みからは解放されていなかったからです。
それがおじさんの『ありがとう』という言葉を聞いて「人を赦すなどとは、おこがましい。むしろ赦されなければならないのは私の方である」という思いに立ち返ることが出来たのでした。

5.小説家への道を再び目指して

青木さんはこれらの出来事を通して一度は諦めた小説家への道をもう一度歩み始めます。
そして「納棺夫日記」という小説が出版されることになりました。
これが映画「送り人」の原作となった「納棺夫日記」作者の青木さんの物語です。

青木さんの物語は大切な三つのことを私たちに教えています。

①劣等感から解放されるべきこと。
②自分自身をありのままに自分が受け入れるべきこと。
③人を赦すべきこと。

私たちもそのような人生を歩んでいきたいものです。

◎平安と祝福を祈っています。

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