「足るを知る」ということの本当の意味

今日は皆さんとご一緒に、「足るを知る」という言葉の意味を考えてみたいと思います。

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①今与えられているものを投げ捨てないこと。

私たちが良くやる失敗に、お金を少ししか持っていないと、「こんなお金ぐらい!」と投げやりになって、持っているわずかなお金を浪費してしまうということがあります。
実はありのパパは若いときは、ケチのくせに浪費家という相矛盾する側面を持っていました。
結局それは今持っているものを過小評価してしまうという間違いを犯したからでした。
みんなお腹の中で「今持っているこんな物じゃなくて、もっと立派で素敵で完成された物を持つことが出来たら、どんなにいいだろうか」と思っていないでしょうか。

ありのパパは現在、お金に対してどのような考えを持っているかというと、百万円貯まったら、あとは雪だるま式にお金は増えていく。
だからどんなにしても、まず百万円を貯めることが大切なことであると思っています。
ですから目の前にあるわずかなお金であっても、浪費することをいたしません。
ずいぶん昔の話になりますが、一ヶ月14600円ずつ貯めると、五年で百万円になりました。
三年で百万円貯めようとすると、一ヶ月26400円ずつ貯めることになります。
始める前は五年は長いと感じるのですが、始めてみると五年という年月はあっと言う間に経ってしまいます。
そして満期の百万はもったいなくて、使うことができないのです(笑)。

②不足分に囚われすぎないこと。

なぜお金の話を先にしたかというと、お金の話は見えやすく、分かりやすいからです。
ここからは心の話しになります。
人様のお話を伺っていて感じるのは、みんな今持っているものよりも、今持っていない物に対して悲しみを抱えているということです。
どういうことかと申しますと「私はクリスチャンだけど、こんなだ。」「私は神様に救っていただいたのに、こんなことをしてしまった」という嘆きを持っておられる方が非常に多いのです。
これはサタン一流の罠であると思います。
なぜ「救われていなかったら、ひどいことになっていたのに、こんな風に良くしてもらってありがたい」と思わないのでしょうか?
「だって、そう思えないもん」と言われるかもしれません。でもね、子供じゃないんだから(笑)。

③今持っている物を数えてみる。

今自分が達成していない部分を見て嘆くよりも、達成できたところを省みて喜び感謝を献げる方が、はるかに良いことです。
ではどうしたら、そうなれるかと言いますと、今持っているものを紙に書き上げて、それらを一つ一つ感謝することです。
「私には出来の悪い子供と、心の鈍い主人しかいません!」という奥様よ。
あなたのお子さんは上出来であり、あなたのご主人は立派な方です。
一番ふさわしくないのは誰?(笑)

一つ一つ、子供の良い点、夫の良い点、妻の良い点、上司の良い点、後輩の良い点を感謝していくことです。
そうすると、今まで自分がいかに霊的に目が見えない存在であったかに気づく時がやってきます。

④足るを知るとは、思い込むことではない。

本音では満足していないのに、満足しているふりをしてはなりません。
なぜなら演じることは、偽善の罪であり、いつかは破綻するときがやってくるからです。
ですから本当に満足できるときが来るまでは、満足できていない自分に正直になることです。
「そう思わなくちゃ、罰が当たるよね」とか言う方もおられるかもしれませんが、そうではありません。
そう思わないといけないと考えている限り、それは演技に過ぎません。
そんな心の状態で、子供や夫や妻に感謝をしても、おべんちゃらにしか聞こえないのは当然のことです。

⑤未達成の部分に失望して、自分が今持っているものを投げ捨ててはならない。

カウンセリングを受けて、心が癒されていくのを見ることは大きな喜びです。
しかし中には、「まだこんな所が癒されていない」と言って、自分を卑下される方がおられます。
また大変なところから癒されてきた方のうちに、昔の傷の破片があるのを見て「なんだ、癒されてないじゃないか」と感じる方もおられます。
しかしそうではありません。
癒しに100%ということは、まずあり得ません。
60%位癒されれば、御の字です。
そして残るところの生涯で80%ぐらいまで癒されれば、これが本当の奇蹟と言うものです。
そうであるのにもかかわらず、未達成の20%を見て、言い方は悪いですが、鬼の首でも取ったように人様をあげつらうことをしてはなりません。
「なんで神様は100%癒してくださらないんですか!」と問う方よ。
もしあなたが100%癒されたとしたら、他の方があなたを見て、励ましを感じれるでしょうか?
少し病気が残っているぐらいが丁度いいのです。
そうしたら、他の病気の方が、あなたを見て「私も癒されることが出来る」と希望をもつことが出来るからです。

◎私たちが癒されたのは、人々が私たちを見て、自分も癒されようと希望をもつためです。
そのために私たちは救われ、癒されました。
すべてのことに目的があり、意味があります。
このことに目をしっかりと留めているとき、今持っているものを投げ捨てるような愚かな間違いを犯すことは決してありません。
祝福を祈っています。