人をどうやって受け入れるか?

覆水盆(ふくすい・ぼん)に戻らずという諺(ことわざ)があります。
これは一度こぼれてしまった水がもとに戻ることはないように、一度壊れた夫婦関係は決して元通りにはならないということを教える諺です。
しかしこの諺が真実なら、最後まで添い遂げる夫婦は一組もいないでしょう(笑)。
大丈夫、ご安心ください。人生は何度でもやり直し可能です。
一体誰に言っているのでしょうか?
もちろん、皆さんに言っているのであり、自分自身に向けて言っているのです(笑)。
赦すとか、受け入れるとかいうのは、相手が失敗したとき、また自分の意に反したことを行ったとき、問題になることです。
今日は皆さんとご一緒に、相手を受け入れるのが困難と思えるとき、どうやって人を受け入れれば良いのかを考えてみたいと思います。

1.人に期待していると、その人を受け入れることが出来ない。

人に期待していると、その人が失敗したとき、私たちはその人を受け入れることが出来ません。
なぜでしょうか?
それは期待というと聞こえは良いのですが、要するにそれは偶像だからです。
偶像を持っていると、自分と他人の間に偶像が障害となって、その人を受け入れることが出来なくなります。
では期待には、どんな種類の期待があるでしょうか?

①支配という名前の期待

これは親が子に対して持つものです。
「お母さん、あなたに期待しているからね。」「お父さんはお前のこと信じているからな。」
これは翻訳すると「親の言う通りにしないと承知しないからな」ということになります。
そのことをご両親に申し上げると、うすうす気づかれておられる方が多いですが、中には「私は子供の自主性を尊重しております」と言い張る方もおられます。

②依存という名前の期待

「あなたは何で分かってくれないの!」これは人類歴史数千年にわたって、妻が夫に向かって発してきた言葉ではないでしょうか?
ひょっとしたら、エバがアダムに向かって「あなたがもうちょっとしっかりしててくれれば、こんな目に遭わなかったのに」というのが一番初めの妻から夫への泣き言であったかもしれません(笑)。
誰かに依存している限り、その依存は長続きするものではありませんから、関係が破綻するのは時間の問題です。

③逃避(無責任)という名前の期待

「あの人なら、やってくれるんじゃない?」「あの人なら、任せて安心大丈夫」
これは自分は棚に上げて、他人(ひと)にのみ期待することです。
どこぞの国の政府と国民の関係を見るようです(笑)。

2.相手の変えられる部分と変えられない部分を見分ける

奥様たちの中には「もう精も根もつき果てて。夫に期待なんか金輪際していません」と言う方もおられます。
しかし「期待する」の反対語は「期待しない」ではありません。
それは相手の変えられる点と変えられない点を見分けることです。

①変えられる点と変えられない点の見分け方。

のんびり屋の奥さんは生涯のんびり屋さんのままですし、短気なご主人は一生短気のままです。
しかしのんびり屋さんはのんびり屋さんのままで、段取り上手になることは出来ます。
また短気なご主人は短気なままで、その短気を社会改革や弱者保護への情熱に変換することが可能です。

②変えられない部分については受け入れる。

皆さんはご存じですか?人は自分とちがう人に魅力を感じるということを。
即ち、のんびり屋はせっかちを見ると「なんて素早いのかしら」と驚嘆し、せっかちはのんびり屋を見ると「なんと忍耐深いのか」と感動するのです。
これは皆、天才的な誤解であるのですが、結婚すると真実に対面することになります(大笑い)。
ですから、ずっと誤解していれば良いのです。そしたら、うまく行きます。

③相手との間に境界線を引く。

夫婦とは二本の線路のようなものです。
線路は二本で一対のものですが、それでも一本・一本は別々の存在です。
二本の別々の線路が一つになったら、どうやって汽車は走ることが出来るでしょうか。
つかず離れずの関係が一番です。

3.変えられる部分については変わっていくために援助・教育を行う。

相手に対して、支配も依存も逃避もしていないときが、正常な人間関係です。
そのような関係であるとき、相手を自分の願うように変えていくことが出来ます。
ただし、本当は支配していたり依存していたりするのに、無い振りをしても駄目です。
その場合はいくら努力しても、相手はちっとも変わりません。当然のことです。

①具体的に言う。

精神論やあるべき論でなく、具体的にどうして欲しいかを単刀直入に言いましょう。
例えば「このような言い方をされると、傷つくから止めてほしい。代わりに、こう言ってもらえば納得できる。」とか「あなたは愛情表現が乏しい」と決めつけるのではなく、「あなたが愛してくれていることをありがたいと思うわ。でもね時々は『ごくろうさん』と言ってもらえると、やる気が出るのよ」という感じです。

夫から妻に対しては、「お前はもっと家の事きちんとやれよ」では、何をきちんとやれば良いのかが伝わりませんし、相手の心に傷を与えます。
ですから、そのようなときは「いつも本当に家の中の事、一生懸命やってくれてありがとう。お前と結婚できて良かったよ。それでね、ここはこうしてくれると助かるんだけどな」という具合です。

②過去のことを持ち出さず、その場における問題点だけを取り上げる。

これは相手に対して依存している場合に、出てくる感情です。
相手に依存している自分が一番問題であるにもかかわらず、自分の事は棚に上げて、相手を責めますから、伝わるものも伝わらなくなります。
恨みの感情がある限り、それはあなたが自立していないという事ですから、自立していない者が、相手に「なぜ自立してないのか!」と責めても茶番劇でしかありません。

③変われた部分について称賛する。

「子供じゃあるまいし、誉められても照れくさいだけです」と言う人は、本音で生きていない人です。
本来は男性も女性も、誉められる事が一番嬉しいのです。
ある婦人の方が、「私、その手には乗らない事にしています」と仰るものですから、誉めて誉めて誉め捲くったところ、頬(ほお)が段々と緩(ゆる)んでくるのが分かります。
それで「頬が段々と緩んでますよ」と申し上げたところ、「そうなんです。緩むまいと思うのですが、頬が緩んでしまうのです」と仰られました。
やはり、人間は誉められてこそ、成長する事が出来る存在であるようです。

◎「人生は出会いで決まる」と言います。
これはキリストとの出会いを指して言われている言葉ですが、しかしそれだけでなく今現にある出会いを大切にする生き方を指してもいるのではないでしょうか。
祝福を祈っています。

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“人をどうやって受け入れるか?” への2件の返信

  1. こんにちは。毎日更新を楽しみにしています。
    さて、受け入れること。
    息子の言動を受け入れがたい時があります。
    どこまで受容しどこでさとし、どこで私自身の怒りをあらわし、またはコントロールすべきかを知る指針を教えていただきたいです。

  2. 処理班さん、おはようございます。
    コメントしてくださり、ありがとうございます。
    これからもよろしくお願いいたします。

    息子さんに対して真剣に向き合おうとするお気持ちか伝わってくるようです。
    それでお伺いしたいのですが、息子さんの年齢は何歳ぐらいでいらっしゃるのでしょうか?
    年齢層によって、ご質問へのお答えが全く変わってきます。
    よろしければコメント欄にてお知らせいただくか、メールでも結構です。

    またコメントしてください。

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