性依存症をはじめとした依存症全般について理解を深めよう

アメリカの有名なゴルファーが性依存症の治療を受けているというニュースが流れました。
先日はそのゴルファー自身が謝罪会見を行いました。

それについて日本のテレビ局の現地特派員が「みんなが知りたがっている復帰の時期については明言しなかった」と述べました。
この人には、アメリカにいながらアメリカ人の気持ちが全然分かっていないと思われました。
この特派員はお腹の中では「複数の人間と婚外交渉をしてなにが悪い」と思っていたのではないでしょうか?

だから誰も気にしてない「復帰の時期」について、「みんなが知りたがっている」などと言及したのだと思います。
今この時期に復帰の時期を明言しようものなら選手生命を失いかねないことが、この人には分かっていないようでした。

この性依存症をはじめとした依存症全般について考えます。

①性依存症は特別な病気か?

性依存症は、まだ正式に依存症として認定されていませんので、ありのパパの個人的見解に過ぎませんが、他の依存症と同じメカニズムが働いていると考えています。
ということは、そんなに特別なものではないと言えます。

②他の依存症との関係

ニコチン依存症や、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症など、様々な依存症があります。
みんな面白がって、性依存症がどうのこうのと言っていますが、ありのパパに言わせれば、「タバコ吸いながら、そんなこと言うんじゃない。まずニコチン依存症を治してから、人のことを言え」ということになります。

③私たちが依存症になる危険はあるか?

誰でも何らかの依存症になる危険性があります。
依存症になるきっかけは、そのものとどれだけ長期間に渡って交わったかという事に掛かっています。

たとえば若いときから大酒を飲んでいた人は、そうでないほかの人より依存症になる確率は高いと言われます。

また若いときからインターネットに接する今の人々は、そうでなかった世代の人と比べて、ネットポルノ依存症になる危険は非常に高いです。

クリスチャンでも例外ではありません。
中国・家の教会の指導者が国外から脱出して活動の拠点を西側に移したのですが、その方が「中国では牢獄という迫害があったが誘惑は少なく問題ではなかった。しかしここ西側ではネットによるポルノの誘惑が物凄く強い。この誘惑に勝つことは大変困難なことです」と仰いました。

ありのパパは何と正直な方だろうかと驚きました。
この正直に生きる生き方を実践している限り、誘惑に負けることはないだろうと思いました。

④生育歴との関係

貧しく生きた人は買い物依存症になる危険が、そうでなかった人より大きいです。

ありのパパが子供の頃、母親の旅行のお土産は一個の駅弁でした。
そのたった一つの駅弁を兄弟で分けて食べるのです。
お土産の駅弁を食べるたびに「これ全部、一人で食べれたら、どんなに良いだろうか」と感じていました。
それで働くようになってからは新幹線に乗るたびに駅弁を食べるようになりました。
東京駅で出発前に一つ、出発してから一つ、乗り換えるとまた一つ。
このような異常な行動が十年以上続きました。

小さな傷でしたので、十年間の代償行動で、この傷は癒されました。
しかし今でも電車に乗ると必ず駅弁を食べなければ気が済みません。
その理由も分かっていますが、まぁ治さなくても実害はありませんので、そのままにしています。

これがもっと大きい心の傷である場合の代償行動は、その人を破滅に導くことがありますので、違う解決方法を見つけなければならないということになります。

性依存症に陥る人を見ていると、どちらかというと性関係にだらしがない人よりも、性関係に厳しかった子供時代を過ごした人に多いようです。
ここから分かることはあまりにも厳しいしつけは駄目だということです。
ある程度のおおらかさが必要のようです。

⑤治ったと言えるのは、どのようになったときか?

二つの境界線があります。
一つ目の境界線は異常な依存行動が止むということです。
これは多くの人にとって難しいことです。

病院でアルコール依存症の治療を受けて退院し、家に帰る途中で酔っぱらうというのはよく聞く話です。
しかし12ステップに取り組み、霊的に目覚めることができれば、そのような病的行動は止みます。

二つ目の境界線は、心が変わるということです。
この心が変わるということがない限り、また戻っていくのは時間の問題であると言います。
それで元依存症の方々は自分に鞭打って12ステップの4番目から12番目をしんどくてもやり抜きます。
何しろ命が掛かっていますから。

日本のマスコミの特派員のようにこの病気に無関心になることなく、自分もまた依存症になる可能性があることを知り、依存症の人々を受容し、自分自身の心を変えていく営みを始めたいものです。

◎回復と平安を祈っています。

“性依存症をはじめとした依存症全般について理解を深めよう” への2件の返信

  1. どこの記事ともかぶってくるのでコメント先を迷ってしまいました。
    依存症になるのは心の隙間を埋めるためと思います。

    まさに乾いた心に命の川が流れ込まない限り人は何かで満たそうと努力します。

    でも、心にぽっかり空いた穴を埋める事が出来るのは神様の愛だけです。
    もともとが、その穴自体が愛の欠如で開くものだと思います。
    この世のどんな物でも人でも、完全に埋めることはできないのだと思います。

    そして、神様の愛で満たしていただくためには一度その穴を埋めようとしていたガラクタを全部どかす必要があると思います。
    ガラクタで埋めた残りの隙間を埋めるものではないからです。

    でも、このクリーンナップが非常に難しいというか、一時の喪失への恐怖のほうが強いので本当に苦しいと思います。

    今、友人が自己愛性人格障害ではないかと疑っています。
    完全なACで、自分を大きく、理想的な人物に見せないと人から愛されないという恐怖から嘘で固めた生活、見栄を張る生活そして浮気を繰り返していないといられない見放され不安。
    初めは恋愛依存症と思した。

    被害にあった私としては、本当は憎みたくてしょうがないのに、その心の奥底にあるプライドの鎧の下にある小さくうちふるえた本人が見えてしまったら、怒りもわいてきません。

    一番、神の恵みが必要な人が、神を求めて自分をさらすことを最大の恐怖としてできないという皮肉。
    私にできる事は祈る事なのですが、この方の人生が一度破たんするまで見守るしかないのでしょうか。

  2. 冬猫さん、こんにちは。
    コメントありがとうございます。

    >でも、このクリーンナップが非常に難しいというか、一時の喪失への恐怖のほうが強いので本当に苦しいと思います。
    >

    神は憐れみ深いお方です。
    一度にクリーンナップするようには仰ることはないのではと思います。

    少しずつ気づきを与えて、私たちの意志と生き方を神の御心に従うことが出来るように導いてくださいます。

    >私にできる事は祈る事なのですが、この方の人生が一度破たんするまで見守るしかないのでしょうか。
    >

    そうですね。何より他人の人生ですから、口を挟むことはできないと思います。

    力になれるのは、その方が助けを求めてきたときだけです。
    それ以外では、どんな善意も余計なおせっかいになってしまうと思います。

    気づきが与えられるように祈ることが最善の道だと思います。

    またコメントしてください。お待ちしています。

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