ありのままに人生を生きる!そのために必要な三つの条件とは何か?

ありのままと、そのまんまとは違うことです。
たとえば朝起きて、顔も洗わず、髪もとかないのは、そのまんまです。
しかし朝起きてから、神の恵みに感謝して、顔を洗い、髪をきれいにとかすのは、ありのままを生きるということです。

1.どのようなセルフイメージを持っているかによって違いが出てくる

①セルフイメージの低い人がよく言うセリフ

「私なんて、どうせ大したことないから」
しかしそうではありません。
『あなたはわたしの目に高価で尊い』と言われたのは、私たちをお造りになった神です。
神があなたを『高価で尊い』と言われているのに、あなたにどんな資格があって「私なんか駄目です」などと言うのでしょうか。
あなたは神より偉いのでしょうか(笑)

②自分の意志と生き方を神の配慮に委ねるとは?

それは自分の間違った思い込みを神の考えに合わせて修正していくことです。
中には委ねると言いながら、頑固に自分の考えに執着する人もいます。

しかしそれでは神の恵みと力があなたの人生に流れ込むことはありません。
もし力のない信仰生活に別れを告げて、神の恵みの中に生きる信仰生活を体験したいなら、自分の思い込みを捨てて、神の意志を自分の意志とする必要があります。

これが霊的な礼拝ということであり、全き献身ということです。
全き献身とは歯を食いしばって自分に出来ないことをやろうとすることではなく、否定的なセルフイメージを神が与えてくださるセルフイメージへと修正していくことです。

③弟子訓練は「ありのまま」と正反対の概念

訓練によっては人は変わることができません。
人が変わるのは、ありのままを受け入れられたときです。
それを訓練によって変わることを強制されると、本当の自分を抑圧し期待される姿を演じるようになります。
これは虚しい人生でしかありませんし、自分と人と神を偽ることです。

もし本当に神の御姿に変わりたいと願うなら、演じることを止め、本当の自分を生きることです。
そこから神の御業が始まります。

2.演じるセルフイメージと、真のセルフイメージ

①本音と建前が乖離(かいり)している人

「あなたは高価で尊い」と言われると、本音ではそう思っていないのに「はい、分かりました」と答える方がおられます。

いかにも日本人的と言えるかもしれません。
仕方ない面もあるかもしれませんが、これではその方の生活に神の恵みが及ぶことはありません。
なぜなら演じることと、本当にそう思うこととの間には天と地ほどの差があるからです。

②自己一致するために必要なこと

まず第一にそう思えない自分を認めることです。
この部分でボタンの掛け違いがあっては、後々の信仰生活が全て無駄になってしまいます。
「金輪際(こんりんざい)自分が高価だなんて思えない」と自分の思いをはっきりさせることです。

「それでいいんですか?」はい、それでいいんです。
後は神様がよくしてくださいます。

③我力を捨てて神の力で生きる

自分の考えを無理やり神の考えと同じにしようとすることを、我力で生きるといいます。

では我力ではなく、神の力で生きるとは、具体的には何を指すのでしょうか?
それは「私は自分が高価だなんて思えませんが、あなた(神様)が高価であると言っているのですから、私は自分が高価な存在であると信じます」と毎日告白することです。

そうしていくとき、自分自身のセルフイメージが向上していることに気付くときがやってきます。

「そんなうまい話があるんですか?」はい、あるんです。本当です。

3.「ありのまま」が一番大事

①自分自身の真の必要はありままを受け入れること

ありのままとは、どういうことでしょうか。
これは自分の無力を認めることにほかなりません。

②人々の必要も、ありのままを受け入れること

人々は仮面を着けて、良い人を必死で演じていますが力尽きるときがやってきます。
キリストの十字架なしには、その時は破滅のときとなりますが、自分自身をありのままに受け入れることが出来るなら、それは新生の時となります。

③日本人が一番分からないのが『ありのまま』

日本社会ぐらい、ありのままから遠いところで社会生活が営まれている社会はありません。
それで日本人は生れてからこの方、ありのままで受け入れられるということを体験したことがないので、ありのままを受け入れてくださる神の愛と言ってもチンプンカンプンなのです。

では、どうしたら良いのでしょうか?
それは既にありのままを愛された人が、周りの方々をありのままに受け入れることによって、本当の愛がどういうものか体験していただくほかはありません。

「論より証拠」という言葉があります。
人は愛が理屈では分からなくても、体験するなら愛を実感することが出来ます。
その結果、人々はあなたにこう言うようになります。
「私には神様が分からないけれど、あなたの信じる神様は本物の神様だと思うから、私もあなたの神様を信じる」

◎平安と祝福を祈っています。

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