無縁死について

1月31日にNHKスペシャルで「無縁死」についての番組がありました。
この番組は大変な反響を呼んだようです。
現在の日本社会では毎年三万二千人が無縁死しているとのことです。
私たちの社会はどうやら「無縁社会」と呼ぶ社会になったようです。
そこで今日は皆さんとご一緒に、教会は社会に対してどのような奉仕が出来るかを考えてみたいと思います。

1.初代教会の福祉施策であった食料の配給から学ぶ

①初代教会は教会内で食糧の配給を行っていました。

途中、トラブルもありましたが、配給を止めるようなことをせず、教会の機構を手直しして、新しい事態に対処しました。
我々日本人クリスチャンにとって教会の食糧配給というのは、なじみの薄いことです。
ありのパパも、聖書のこの記事を読みながら、キリストを信じていないユダヤ人はどのように思っただろうかと考えたり、現代の日本人なら「教会の人だけサービスして嫌らしい。やっぱりクリスチャンはエゴイストだ。」などと非難されるのではないかと思ったりしました。

②しかしこの問題の根本の所にある、教会がサービスを始めた動機は「誰もやらないなら、教会がやる。そして出来るところからやる。」というものではなかったでしょうか。

「今日食べる物にも事欠くような貧しい人々がおり放っておくことは出来ない。それならばまず教会にいる貧しい人々への食糧配給から始めよう。」と考えたのではないかと、推測します。

③現代日本に生きる私たち日本人クリスチャンは、ここから何を学ぶことが出来るでしょうか。

日本社会の課題は、相互に繋(つな)がりのない社会になってしまったということです。
ここに焦点を合わせて、教会の福祉サービスを新たに構築していく必要があると考えます。

2.先進的な高齢者サービスを行っている教会から学ぶ

土浦めぐみ教会の例

こちらの教会は様々な老齢者向けサービスを行っている教会として知られています。
それは一人の信者の訴えがきっかけだったそうです。
「青年向けには青年会があり、婦人向けには婦人会がある。しかしお年寄りのための集まりはない。それでお年寄りは教会の中に自分の居場所を見つけることが出来ず、教会に歓迎されていないと感じ、教会を去っていく。だから是非とも老人向けの教会サービスを始めてほしい。」
この真摯な訴えに応えて、教会は[存在を無視せず、出来ることから始め]ます。

a.礼拝の送り迎えサービス
b.定期的な高齢者向けの催し物の開催(一週間に一度)
c.温泉旅行
d.老人が受けいている医療を分かりやすく説明するサービス(教会員の看護婦さんのボランティア)
e.デイケアサービスの実施(介護保険サービス開始に伴って)

3.どんなことが可能か?

①教会堂でサービスを行う。

教会堂に高齢者に集まっていただき、様々なサービスを行うことが可能です。
お食事会や、健康体操などの健康保持を助けるサービス、また旅行などを行うことが出来ます。
これによって高齢者の体の必要を満たすことが出来ます。

②スモールグループから始めよう。

教会堂に集めて高齢者向けサービスを行うやり方と共に、家々で行うスモールグループが無縁社会のニーズに応えることが出来るのではないでしょうか。
「説教なし、言いっぱなし、聞きっぱなし、他言無用」のルールだけを守れば、誰が参加しても良い集まりです。
若い人と話すと「同じことばかり話す」と嫌がられますが、ここでしたらそんな心配は無用です。
お年寄りの心の空虚感を満たすことが出来るのではないでしょうか。
ただし、クリスチャンから説教臭さを脱臭してからでないといけませんが(笑)。

③福祉サービスと宣教活動をどこで線引きするか?

難しい問題ではありますが、福祉サービスを宣教に利用しようと思わないことです。
使徒の働きを見ても、どこにも食糧の配給と宣教を結びつけている個所はありません。
福音派教会は聖書信仰を看板だけでなく、中身も実行しなければなりません。
もし現代の社会で、福祉サービスと宣教活動を結びつけるなら、大きなトラブルを抱え込むことになる危険があります。

◎無縁社会の到来は、日本の教会に新しい役割を求めているのではないでしょうか。
何が可能で、どこから手を付けることが出来るでしょうか。
それぞれの教会で、出来るところから始めたいものです。

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