小学五年生からの手紙

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黒板に文字を書くときに使うものと言えば、それはチョークです。
そのチョークの国内生産でトップの企業の社長さんが、「心の時代」という番組のインタビューに応じておられました。
なぜインタビューされたかというと、その会社は重度の知的障害者を社員の70%雇っていらっしゃるからです。
従来は重度の知的障害者は一生施設に閉じ込められて暮らすことを余儀なくされていました。
しかしそれを不憫に思う親御さんの願いがあって、会社での雇用に踏み切ったそうです。
そうしたところ、採用された方が良き働きをされたので、他の従業員さんから「私たちも応援するから、重度の知的障害者をもっと雇いましょう」と言われたそうです。
様々な工夫を重ねながら、今では従業員全体の70%が知的障害者で占められるまでになったそうです。

この社長さんは障害者の親御さんに三つの条件を言われます。
①しもの世話は自分で出来ること。
②一生懸命仕事をすること。
③挨拶が出来ること。
この条件は健常者といわれる人であっても、難しいことではないでしょうか(笑)。

現代の工場の生産方式は一人で何役もこなすやり方が主流です。
しかしこのやり方は、知的障害者には不向きです。
それで一人で五役こなすやり方ではなく、五人が一つずつ仕事をこなすやり方を採用しました。
そうしたところ、結局同じ生産性を達成することが出来たそうです。
この様にして様々な工夫を重ねながら、一人一人が生きがいを持って人生を送ることが出来る環境造りに努められたのでした。

さて、この社長さんがインタビューの中で、大変大きな励ましを受けたことをお話してくださいました。
この工場には全国から沢山の見学者が訪れるのですが、その中に小学生の一団がおられました。
その小学生の皆さんは大変感動され、しばらくたってからお手紙をくださったそうです。
その手紙の内容は「天の神さまはすべての人にその人でなければならない才能を与えておられるのですね。僕も自分でなければならない賜物を見つけ出したいと思います。ありがとうございました。」
ありのパパはラジオでそのインタビューを聞いていたのですが、その小学生のお手紙が読まれたとき、大きな驚きと畏怖を感じました。
ありのパパの思い込みかもしれませんが、明らかにこの小学生はクリスチャンだと思いました。
その小学生の手紙が、社長の心を打ち、より一層障害者の皆さんが働きやすい環境造りに努めるように仕向けたのです。
これが本当のクリスチャンだと思いました。

ヨハネの福音書の6章1~15節には、少年が(五つのパンと二匹の魚の)自分が食べるための弁当を皆のためにイエス様にお献げした記事があります。
この少年も先の作文を書いた小学五年生の男の子と同じく、自分がしたことが大きく用いられるとは考えても見なかったでしょう。
ただ目の前に自分の心を動かす人々がおり、その人々のために自分が何をすることが出来るかを考え、自分の持っているものを献げたのでした。

私たちも自分の持っているものを献げることによって、神の奇蹟を体験したいものです。
そのために必要なこととは、どんなことでしょうか?

①自分が今持っているものを献げる。

自分が持っていないものを献げることは出来ません。
あるお母さんが「娘を神様に献げます」と言うのを聞いたことがあります。
もちろんサムエルを献げた母の例もありますが、まず第一に大切なことは本人の意志です。
ありのパパが見ると、どう見てもその娘さんは献身したいとは思っておられないようでした(笑)。
これは多分自分が献身できなかった夢を、娘に押しつけているのに過ぎないと思われます。

②犠牲には夢と喜びが伴っていないといけません。

神様は泣く泣く献げることを求めておられません。
この少年も自分の弁当を献げたら、お腹がすくと思ったでしょうが、それ以上にこの弁当をイエス様に献げたら、どんな凄いことが起きるかと思うと胸がわくわくし、「一日ぐらい、腹が減ってもへっちゃらだい!」と思い切ったのではないでしょうか。
現代にも献げるクリスチャンは多くおられるのですが、これを献げたらどんな素晴らしいことが起きるかと胸をわくわくさせておられる方は少ないように見えます。
何か悪代官に搾取されているような被害者意識を持っているのではないかと感じられるのです。
どうぞ、そのような方は献金をしないでください。
神様はあなたの財布をあてにしておられません。
あなたが献げなくても、神の御業は進みます。
ただその御業にあなたが参加出来ないだけです。
楽しみと喜びで胸が躍るようになってから献金しても決して遅くはないと思います。

③教会は無理強いしては絶対にならない。

教会員に献金を強制する教会があります。
こんなことをする教会は、未信者より悪いのです。
なぜなら自分を神にしているからです。
聖霊なる神が働かれて、一人一人の心の中に思いを与えてくださいます。
自分自身が神を信じていないから、教会員に献金を強制するのです。

また、ルールを守ることが必要です。
未成年者が親から相続した土地を、無償で贈与させるようなことがあってはなりません。
本人による返還請求がなされたときは、当然のことながら返還請求に応じなければなりません。
何十年も只で使わせてもらったのですから、本来なら賃借料を払わなければならないところです。
それを無効の申し立てをするなどは、常軌を逸しています。
聞くところによると、莫大な贈与税の支払いを求められる可能性があるとのことです。
これがもし良心に従って、返還請求に応じるか、賃借料を払っていれば、はるかに少ない金銭的負担ですんだのです。
これが神に従う者には祝福が、神に反逆する者には呪いが下るということの実例です。

◎いくら歳をとったとしても、小学五年生の男の子や、五つのパンと二匹の魚を献げた少年のごとく、単純・素朴の信仰をもってイエス様にお従いさせていただきたいものです。

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