映画「ローマ帝国に挑んだ男-パウロ-」のご紹介

映画「ローマ帝国に挑んだ男-パウロ-」をご紹介いたします。
この映画の特徴は聖書に忠実であるとともに映画としても良く出来ており、感動を体験できるところにあります。

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1.映画の特徴

新約聖書・使徒の働きが忠実に再現されています。
忠実でない部分も少しありましたが(笑)、許容できる範囲かと思います。

ペンテコステの日に聖霊が舌のような形をして一人一人に触れたところなどは、どうやって再現するのかと楽しみにしていましたが、そこはそれ(笑)、うまい具合にごまかしていました。
また聖霊に満たされたあと、外国語を語りだすのかと期待していましたら(笑)、その部分は省略されていました。

あと、パウロの危急を知らせたのはパウロの甥のはずですが、劇中では女性になっていました。
この三点を除くと、聖書を忠実に再現しているように感じました。
何より驚いたのは、単に聖書に忠実というところで終わらず、映画としてちゃんと成立しているということです。

映画「パッション」では見ていて目を背けたくなるようなグロテスクな場面がいくつもあり、その場面が出てこないといけない必然性を感じることができませんでした。
正直に言うと(多くの方が感動しているのを知っていますので、申し訳ないのですが)、制作者の病的な露悪趣味を感じざるを得ませんでした。

反対にキャンパス・クルセード制作の「ジーザス」はそのような異常さを感じさせることもなく、聖書にも忠実に作られているのですが、淡々と物語が進みすぎて感動がちっとも伝わってきませんでした。(あくまでもありのパパがそうだったというだけです。多くの方々がこの映画によって奇蹟を体験したことを承知しています)

この「ローマ帝国に挑んだ男-パウロ-」は両方の要素をバランスよく含み、映画として満足のいく作品となっていました。
ありのパパは初めから号泣してしまいました(笑)。

2.パウロと万人救済主義

この映画を見ながら次のようなことを考えました。
それはパウロが万人救済主義を信じていたら命を捨ててまで宣教しようと考えただろうかということです。

もう既にすべての人が救われており、伝道とは救われていることを気づいてもらうために行うものというのが万人救済主義の伝道理解です。
しかしこのような理解では初代教会の人々が行った命がけの伝道は到底出来るものではないと改めて思わせられました。

3.映画を通して聖書の世界を体験する

エルサレム教会のヤコブ牧師が律法を守ることを力説していたり、ユダヤ人を恐れてバルナバとペテロが異邦人との交わりから離れたことをパウロが皆の前で非難したことなど、その通り再現されていました。

またパウロがローマに向けて伝道しようとしたことと、裁判を受けるためにローマ皇帝に上訴したことの関係を新しい視点から描いていました。
パウロが悲しみと孤独のために獄中で涙を流していたとき、神が語りかけてくださる場面は本当に感動しました。

◎どうぞ皆さんも、この映画を味わってみてください。
ありのパパは近所のTSUTAYAで一週間・百円で借りることが出来ました。

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