南京大虐殺と真珠湾だまし討ち攻撃

68年前の今日、12月8日は我が国がアメリカ・ハワイの真珠湾を奇襲攻撃した日です。
その四年前にあった日本軍による南京大虐殺が行われたのは12月12日です。
普段別々に語られることの多い真珠湾攻撃と南京大虐殺ですが、この二つのものが実は同じ流れの中にあることを、皆さんとご一緒に考えてみます。

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1.当時の状況は?

中国大陸で日本軍が事件を起こすたびに国内政治家は右往左往し、事実の追認に追われるのみでした。
その理由としては、二つのことが考えられます。

①誰も責任をとらない無責任状態に陥っていた

軍部は統帥権(とうすいけん)という錦の御旗(にしきのみはた)をかかげて、国民によって選出された政治家の関与を認めませんでした。
では天皇の側に付いていた人々が一枚岩であったかというと、そうではありませんでした。
陸軍官僚と海軍官僚は血で血を洗う内部抗争を繰り広げていましたし、貴族院と軍部も対立していました。

要するにどのような状態であったかというと、権力が分散しており、誰も最終的な責任をとる人々がいませんでした。
これこそ官僚が望む理想的な状態なのです。
どういうわけか官僚は責任をとるのを嫌がります。
しかし責任をとるのは嫌だが、実質的な権力は自分のものにしていたいのです。

②完全な情報統制とマインド・コントロール

神道原理主義によって国民は完全に洗脳され、抵抗する心理的素地は全くありませんでした。

③教会の無能

預言者の使命を果たすべきキリスト教会が、その使命を果たす自覚がなく眠りこけていました。
その中でも内村鑑三や美濃ミッションなどの洗脳されない人々がおられました。
しかしこれらの人々の発する警告を教会は真摯に受け止めませんでした。

2.四年間は神が日本に与えた最後の猶予期間

①当時の政治家の反応

南京大虐殺が行われたとき、国内の政治家の反応はずっと同じものでした。
それは事態の不拡大方針です。
しかし軍部官僚は自らの権益を確保・拡大するために中国での戦火を拡げる腹積もりでしたから、政治家がいくら不拡大方針を繰り返しても虚しく響くだけでした。

②民主主義の息の根が止まる

軍部官僚と対決することを避けて、何とかその場をしのぐことだけを腐心している間に時間は過ぎていきました。
民主勢力がぼぉ~としている間に神道原理主義勢力は自らの陣地を着々と拡大し、ついに議会制民主主義は終焉を迎えました。
それが大政翼賛会の発足です。
国内には誰も止めるものがいない軍部官僚は、気狂い犬のように周辺国を侵略していきました。

③日本軍による真珠湾奇襲攻撃

この作戦も実に官僚らしい無責任な根拠のない希望的観測によって行われたものでした。
初戦で圧倒的な勝利を収め、それをテコにしてアメリカとの交渉に有利な立場で望むというものでした。

しかし少し考えれば誰にでもわかることですが、戦局で有利な立場に立った方が交渉に望む必要はないわけです。
交渉しようと考えるのは有利な戦局がいつまでも続かないことを知っている者だけです。

情報統制によって戦争の真実を知らされず、上辺だけの有利な戦局を見せられている国民がアメリカとの交渉を許容するはずもありません。
そうしてアメリカとの和平交渉の唯一のチャンスも自分でつぶしてしまいました。
そして全面的な敗戦に向かって我が国は突き進んでいくことになります。

3.物事に対して分析的な目を養い、行動すべきときには命を掛けて行動しよう

①官僚の救いがたい無責任さ

日本国内では真珠湾奇襲攻撃と呼ばれる作戦ですが、アメリカでは真珠湾だまし討ち攻撃と呼びます。
駐米日本大使館員が前夜のパーティーで飲んだくれてしまい、国内から発信された宣戦布告の電信を見落としてしまったのです。
まさかと思うような話ですが、真実性はきわめて高いようです。
その大使館員は処罰されず、戦後も外務省で主流を歩んだということです。
これが官僚の正体です。
絶対に官僚を信用してはなりません。

②完全な情報公開を求めなければならい

酒に飲んだくれて宣戦布告の電信を見落としてしまうという極刑に値する罪を犯した外務官僚は何のおとがめも受けず、のうのうと戦後も大きな顔をして外務省で働きました。
これは外務省をはじめとする官僚が情報を公開しなかったのが原因です。
2009年に政権交代が実現しましたが、もし完全な情報公開が行われないなら結局元の木阿弥(もとのもくあみ)になることは必至でしょう。

③教会は預言者の使命を命を懸けて果たそう

イエス様の地上における宣教期間は三年半でした。
この三年半の間にイエスは言わなければならないこと、しなければならないことを皆なし遂げました。

イスラエルの民も、この三年半の間に民としての意思表示を行いました。
それはイスラエルとして神を拒絶するという意思表示でした。
そのイスラエルの神への反逆に対する神の裁きが、西暦70年のエルサレム陥落でした。
もし彼らが目前に迫るイスラエル国家の完全な滅亡を知っていたら違った行動をとったことでしょう。
しかし人は建前でなく本音で行動します。
この本音とは私が神に従うのでなく、神が私に従ってほしいという罪そのものの考えです。

◎日本も日本の教会も、神の御心に従わず、その結果として神の裁きを受けました。
これが15年戦争の本当の姿です。
同じ間違いを繰り返すことなく、神の御心に従う道を歩まなければなりません。
そのために必要な助けを神は用意してくださっています。
ためらわず神様から聖霊の力をいただきたいものです。

コメント

  1. マッキー より:

    ありのパパさんへ

    おはようございます。

    来月公開予定の映画「杉原千畆」に触発されて、最近、関連図書を数冊読んでいます。
    外務省から解雇された英雄、杉原千畆と、宣戦布告の電信を見落としたにも関わらず、外務省に居座り続けた恥知らずの外務省の職員、いろんな人がいたのですね…。

    私は到底、英雄にはなれませんが、国民を欺いたり、神の家族を欺いていながら、平気でいられるような恥知らずにはなりたくないものだ、と思いました。

    • ありのパパ より:

      こんばんは、マッキーさん。
      コメントをありがとうございます。

      その通りであると思います。

      申し訳ありませんが、記事とは関係がないと私が判断した部分は削除させていただきました。

      またコメントしてください。お待ちしています。