真のペンテコステ信仰とは?

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①ペンテコステ運動の出自(しゅつじ)

聖霊派教会には、ペンテコステ運動とカリスマ運動と「聖霊第三の波」運動があります。
その中でもペンテコステ運動は聖書信仰を土台にして始まった信仰運動です。
多くの福音派教会が神学的には聖書を神の言葉であると認めながら、実際には聖書に書かれてあることを認めようとしない現実がある中で、初代教会が持っていた命と力の回復を目指して、この運動は始まりました。
そしてわずか百年でプロテストタント最大の教派となりました。
しかしこの影響を受けて始まった(聖霊派と言われる)他の二派には、ペンテコステ派から見て重大な欠陥がありました。

②カリスマ運動の問題点

カリスマ運動はリベラル派教会の中で起きた聖霊運動であるゆえに、聖書を神の言葉であると認めません。
聖霊の主権と働きを認め歓迎するなかでは、人間的な権威や慣習というものは、どちらかというとあまり重視されません。
そのような中で重要な導き手となるのは聖書です。
その聖書を誤りのない霊感された神の言葉と認めないとき、どんなことが起きるでしょうか。
そこにはカルト化した教会に見られる、霊的な無秩序、また目に見える導き手を求めるあまり人間が神のように崇められるようになります。

③聖霊第三の波の問題点

「聖霊第三の波」運動はカリスマ運動とは異なり、聖書を神の言葉と認めますが、神の恵みと力が信仰者個人に与えられる管となる異言を伴う聖霊のバプテスマを認めません。
そうなると何が起きるかというと、恵みと力を別のルートで求めるようになります。
それが按手すると後ろに倒れる現象や癒しの伝道者がショーのようにステージで人を癒すことに繋(つな)がっているのではないでしょうか。
神の恵みと力を、信仰者個人の内側にお住まいになる御霊なる神に求めるのではなく、外側の現象に求めるとき信仰者の霊的命は枯渇(こかつ)します。
また異言で祈る賜物を用いて何十年にも渡って神との交わりを行うのでなければ信仰者の内的な成長はあり得ないことです。
信仰者の霊的営みは、ミュージシャンのファンのように、ステージを観客として見ることでは代替不可能です。

④ペンテコステ運動が保持する真理とは?

神様がこの時代に回復してくださった真理は、三つあります。
一つは聖書は霊感を受けた一字一句誤りのない神の言葉であるという真理です。
二つ目は救われた全ての信仰者が聖霊のバプテスマを受けることができるという真理です。
三つ目は聖霊のバプテスマを受けるとき、同時に与えられる「異言で祈る賜物」を活用して、神との豊かな人格的な交わりが可能となるという真理です。

◎この三つのうちのどれか一つでも軽視するなら、その教会なり運動は破綻することを免れ得ません。
ペンテコステ教会が僅か百年の内にプロテスタント中、最大の教派となった理由はここにあります。
平安と祝福を祈っています。

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