登校拒否を解決するために教会が出来ること

今日は皆さんとご一緒に、登校拒否の問題を考えます。

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1.登校拒否には三種類ある

一つ目は学校に行きたいのに行けない子供たちです。
このお子さんたちが狭義のカウンセリングの対象となります。

二つ目は学校に行きたくないから行かない子供たちです。
子供は学校に行くことに目的を見いだせず他のことをやりたいのですが、親が無理やりにでも学校に行かせようとして別の選択肢を認めようとしないので、仕方ないので学校に行かないという選択をしている子供たちです。
この場合、親御さんがカウンセリングの対象となります。

三つ目は学校に行くことを棚上げしている子供たちです。
いわゆるモラトリアムと言います。
このお子さんたちは、学校に行けないのでもなく、また積極的に行かないのでもありません。
選択することを後延ばしにしているのです。

どちらにしてもこの状態を解決しなければ、引きこもりとなり、何十年でも続くことになります。
現在、何十万人もの引きこもり状態の三十代・四十代の方々がおられます。

2.ありのままでも、実力行使でもうまくいかない

以前は登校拒否のお子さんのカウンセリングといえば判を押したように「ありのままを受け入れる」指導がされていました。
とくに(ありのパパの知っている範囲内ですが)公的機関では、そのような指導がなされていたと思います。
そのような指導で治るお子さんたちも多くおり、学校に行くようになるのですが、その影では表面的な「ありのままを受け入れる」だけでは如何(いかん)ともしがたいお子さんたちがもっと多くおられたのです。
このような指導によって回復し得なかった人々が、今三十代・四十代となって引きこもりとなっているかと思うと、カウンセリングの限界を思い知らされるようです。

中には戸塚ヨットスクールのように、暴力を使って子供たちを実力行使で引きこもりから引き剥(は)がすやり方があります。
これは言うまでもないことですが、子供たちの人権を侵害しており決して許されることではありません。
死傷事故が起きましたが、これは決して偶然の事故ではなく、人権をなおざりにして回復を優先したための必然的な結果です。

3.教会の果たすべき使命

どうしたら良いのでしょうか?
教会が前面に出るべきでしょう。
ただし「登校拒否の悪霊よ、出て行け!」とやらない教会に限ります。
皆さんは「まさか」と思われるでしょうが、このような指導をする多くの聖霊第三の教会がありました。

また「登校拒否も一つの選択だから、それも良い」としない教会である必要もあります。
なぜなら本人が学校に行きたいと思いつつ、それでもなお行けないで苦しんでいるのに、カウンセラーの側で勝手に行かなくても良いことにしてはならないからです。(ただしカウンセリングの初期段階で「行けなくても良いんだよ」と言うことはあります)

教会員の中で、自分のお子さんが登校拒否になった人を中心として、親御さんの会を教会の中に作り、そこでカウンセリングを行うと良いでしょう。
ただし実際にカウンセリングを行うのは、カウンセリングの訓練を受けた者に限ります。
親御さんたちはミーティングと呼ばれる小グループ(エンカウンターグループとも呼ばれます)で、共通する体験を話し合い、交流する役目を担います。
分かち合いと効果的なカウンセリングが組み合わされるとき、驚くような効果が発揮されます。

もし身近にそのそのようなグループがないとしたら、あなたがそのグループを始めてください。
「私がやります」と主の前に手を挙げる人はどこにおられるでしょうか?
このブログを読まれているあなたが、その方です。

◎平安と祝福を祈っています。

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