良い人間関係を持とうとするなら、自分と自分自身の関係を見直すこと

無礼なことを言われたりすると、私たちは当たり前のように憤慨いたします。
しかし憤慨することを当たり前のこととしている限り、私たちは他人に振り回され続けます。
他人に振り回されることから解放される道があります。
ご一緒に見てまいりましょう。

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1.人生の主役にならない限り、自分の人生は面白くならない

他人に振り回される人生から解放されるとは、言葉を変えていうならば、自分が自分自身の人生の主役になることです。
人の言葉に振り回されているということは、他人が自分の人生の主役であり、自分は脇役に甘んじているということです。
自分の人生は自分自身のものですから、「私」という存在が自分自身の人生の主役とならなければなりません。
そうでなければ人生が変わることはありません。

脇役がすごく良くてもドラマ自体にはあまり影響しません。
しかし主役が良いと、ドラマ自体も大変良くなります。
私たち一人一人は人生という名のドラマの主役なのです。

2.自分が自分自身を大切にしないでどうする!

ありのパパ自身の経験なのですが、家族の者にひどいことを言われて傷ついたことがありました。
それでなぜ傷ついたのか、自分自身の心を探ってみました。
しかしなかなか「これだ!」というぴったり来る分析ができません。
喉仏(のどぼとけ)に刺さった魚の小骨のようです。
それがある時、はっと気づきが与えられました。

それは本音のところで自分が自分自身を大切な存在だと思っていないので、境界線が曖昧(あいまい)な家族の者にセルフイメージを引き下げられると傷ついてしまったのでした。
聖書は「私」という存在が大切な存在であると言っていますし、自分自身も人にそのように教えてきました。
しかし頭で了解するのと、心でうなずくのとは、天地の開きほど差があるということを改めて知りました。

原因がわかりましたので、自分自身を大切にすることにいたしました。
そうすると「たとえ家族にひどいことを言われたとしても、それはその人の意見であり、私の意見ではない。私は自分自身が大切な存在だと考える。なぜなら聖書を通して神がそう言っておられるから」と考えることが出来るようになり、心の中の嵐が去っていきました。

このことを通して、カウンセリングを学び始めたとき「自分自身を大切にする」ことが最も大切であると教わっていたのに忘れてしまっていたことに気づきました。
もう一度「自分自身を大切にする」というところに焦点を合わし直したことでした。

3.自分が自分自身を大切にすることが人間関係の鍵

怒りやすい人は劣等感の強い人であると言われます。
確かにそのような傾向はあるのですが、このような見立てですと、ではどうしたら良いのかということになるとお手上げになってしまいます。
なぜなら劣等感は全ての人が持っているものであり、劣等感そのものは悪いものでも良いものでもないからです。

そうすると劣等感と劣等コンプレックスを分けて考える見立てが出てきます。
コンプレックスとは心の中のしこりであり、抑圧されて無意識の領域にあるもので、病的行動の原因となるもののことを言います。

4.人間関係のトラブルは気づきの宝庫

トラブルが起きるたび「ああ、またやっちゃった」で終わるのではなく、「なぜ今、私はこのように感じているのだろうか?」とご自分の心を探ってみることです。
探るとは、精神分析における分析のようではなく、あたかも回り燈籠(まわりどうろう)のように、回そうとして手で回しているうちはうまく回らず、あきらめて手を離すと、自然に回り始めるようなものです。

5.自分と自分自身の関係はマネージャーとタレントの関係

マネージャーが自分の思った通りにタレントを動かそうとすると、タレントはへそを曲げます。
だからと言ってタレントの願い通りに動くマネージャーは、有能なマネージャーとは言えません。
有能なマネージャーとは、タレントの願いどおりに動いているように見えて、実はタレントにとって最も良い選択をさせていることです。

自分自身の心に寄り添い、自分自身が語り始めるのを待ちます。
そうすれば多くの気づきを得ることが出来るでしょう。

◎気づきを通して「自分自身を大切にする」生き方を学んでいくとき、人に引き出されない心の平安を持つことが出来ます。
このような生き方こそ、恵みあふれる生き方であるのです。
平安と祝福を祈っています。