今日一日だけを生きることが自己憐憫と不安から解放される秘訣

スリップしない・罪を犯さないための2つめの秘訣は、こころの焦点を「今日一日だけ」に当て続けることです。
詳しくご説明します。

スポンサーリンク

1.聖い生涯とは、罪を犯さなかった一日の積み重ねに過ぎない

聖い生涯を送ろうと志すなら、焦点を今日一日に当て続ける必要があります。

ありのパパがこの教えを実行して初めて分かったことがあります。
それはイエスが「明日のことは明日に心配させておきなさい」と言われた本当の意味が分かっていなかったということです。

2.焦点を今日という日にだけに当てる

これの意味は「いくら悔やんでも昨日は取り返せないし、いくら心配しても明日はやってこない」ということです。
そんなことは当たり前のことであり、教えてもらわなくても分かっているはずなのですが、実はそうではありませんでした。
頭で分かっているからといって、心の中でも分かっているかというと、そんなことはないのです。
自分の心の動きを見つめてみると、時折(というかしばしば)過去の出来事を悔やみ、悲しみに沈んでいる自分がいました。
また、将来を思って漠然とした不安に襲われてみたり、諦めに心が浸食されたりもしていました。

3.どうしたら過去への自己憐憫や将来への不安から解放されるか?

①昨日と明日に心が向いていると、今日を生きることができなくなる

なぜ今日以外の日に心が向かうと、今日を生きることができなくなってしまうのでしょうか?

それは私たち人間には生きるためのエネルギーが神から与えられているのですが、それは今日一日分しかないからです。
その貴重な今日一日分のエネルギーを昨日や明日のために使ってしまうと、肝心要の今日のためのエネルギーが不足してしまうのです。

②過去の失敗への対処の仕方

過去の失敗に捕らわれて、悲しんだり、恨んだりしていると、やっぱり今日一日を生きるためのエネルギーが昨日にとられてしまい、今日一日の分が不足するに至ります。

過去に犯した自分の罪に心が向くとき(その罪がきちんと清算されているなら)、十字架を仰いで神に委ね、今日一日をきよく生きることによって自分の責務を果たすことです。

③将来の不安への対処の仕方

明日、罪を犯してしまうかもしれないと心配になったら、今日一日に焦点を合わし直し、明日のことは明日に心配してもらうことにして、その荷を降ろします。
そうすると身軽になり、心も楽になり、リラックスできます。
リラックスしている状態に自分を置くことは大切なことです。
なぜかと言うと、ストレスフルな状態に自分を起き続けると、罪を犯す危険が増すからです。

○ありのパパは朝起きたとき「今日一日を生きる。正直に生きる。はじめの誘惑を退ける」と祈って一日を始めます。
たとえ失敗したとしても今日一日にしか自分の力は及ばないのだと考えると、本当にリラックスできるようになりました。
皆さんも「今日一日を生きる」を合い言葉にして、今日を精一杯自分らしく生きようではありませんか。
平安と祝福を祈っています。

初めの誘惑を退ける

正直に生きる