戦後改革は我が国の繁栄の基礎になった。これを変えてはならない。

9月2日は我が国がポツダム宣言を受諾した日です。
ポツダム宣言にはおもに三つのことが書かれてありました。

○戦犯の裁判
○特高警察の廃止
○財閥の解体

今日は皆さんとご一緒に、この問題にまつわることを考えます。

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1.ポツダム宣言に不服を唱える者

今になって東京裁判は不当であると言い募る輩(やから)がおります。
しかし戦犯の裁判が明記されているポツダム宣言を受諾しておきながら、後になって色々と文句をつけるのは卑怯者のやることです。
真の愛国精神を持った者は、そんなことは決していたしません。

どんなところにも、その時は同意したのに後になって文句をつける者がいます。
これが国内の出来事であれば身内の不祥事で済ますことも出来ますが、国際関係の取り決めに対してそのようなことをすると日本という国家に対する恥さらしとなります。
このような者を国家の名誉を毀損しているという意味で売国奴といいます。

2.占領政策によってなされたこと

GHQによってなされた改革を「押しつけ」であるという勘違いも甚だしい批判をする者がおります。
GHQによってなされた改革には次のようなものがあります。

①農地改革

戦前・戦中の軍部官僚の独走は、農家出身の彼らが農村の疲弊を黙って見ていることが出来ず、それが政治家に対する不信につながっていったと言われています。
この軍部でさえ実現できなかった小作人への農地の解放という大事業が占領軍によってなされたのでした。
この改革によって、農村はファシズムの温床から民主主義の温床となりました。
また、農家の人々に生きがいと必要最低限の生活を保証することが可能となりました。
戦後の改革に反対する者たちは、今でも農家の人々が生活に困窮し、娘を人身売買すれば良いと考えているのでしょうか。

②婦人参政権の実現

婦人は戦前は抑圧された存在でした。
それでヒステリーという婦人固有の神経症があったくらいでした。
それが戦後は婦人は解放され、生きやすくなりましたので(それでもなお女性の解放が必要ですが)、ヒステリーという名前の神経症はあまり見なくなりました。
戦後の改革に反対する者たちが婦人参政権にも反対するとしたら、国民の半分を敵に回すことになります(笑)。

③政治犯の釈放

ここには信仰と良心の故に投獄されていた人々も含みます。
ホーリネス教会の教職は戦争が終わるまで獄屋に留め置かれました。

④労働組合の結成

政治犯の釈放も労働組合の結成も、基本的人権が尊重される社会の実現のためには必須のものでした。

⑤修身・(皇国史観)歴史教育の廃止

神道原理主義者は国家の統治機構を乗っ取るのに、おもに教育分野での洗脳手法を用いました。
これに当時の国民は、まんまとだまされてしまいました。
なぜなら一般的な平和的宗教としての神道と、国家を乗っ取ることを目的としている神道原理主義を区別することに失敗したからです。

教育の分野で10年間、洗脳が続けば国民の意識は変質してしまうと言われています。
21世紀の今日、捏造(ねつぞう)と妄想(もうそう)の歴史観である神道原理主義史観に基づいた歴史教科書が多くの学校で採用されつつあります。
国を真に愛する者は、神道原理主義史観に基づいた歴史教科書の採用を中止するように各自治体に働き掛けなければなりません。

3.日本国憲法は押しつけられていない

もう一つ、神道原理主義者たちが「押しつけ」と言うものに憲法があります。
しかしその当時の経過をよく見てみると、少しも押し付けの事実はなく、100%日本国民の発意によるものであることが明白です。

日本政府がつくった原案が、大日本帝国憲法とほとんど変わらないものであったため、憲法草案をGHQが作らざるをえませんでした。
そしてその憲法草案を(大政翼賛会が廃止され、戦後初の普通選挙による国民選出の)議員によって一字・一句徹底的に議論しました。
この徹底審議は実に素晴らしいものであり、質疑応答は実に千数百回にも及ぶのです。
その結果、国会議員の圧倒的多数で可決し成立しました。

これのどこが、押し付けというのでしょうか?
嘘をつくのもいい加減にしなければなりません。
結局、事実はどうでもよく、自分の思ったように事が運ばないと、いつまでも大人になりきれない子供大人のように道理の通らない難癖(なんくせ)をつけているだけに過ぎません。

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