21世紀は原理主義との戦いの世紀(3)

21世紀は原理主義との戦いの世紀と言われます。
それはソビエト連邦が崩壊して、東西冷戦が終わり、悠久の平和が訪れると思ったのも束の間、すぐさま全世界でイスラム原理主義による武装闘争が始まったからです。
そこで今日は原理主義についてみていきたいと思います。

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1.イスラム原理主義

区別しないといけないことは原理主義と根本主義の違いです。
根本主義とは、その信仰本来の姿に戻ることを希求する運動です。
たとえばインドネシアやエジプトに、これらのイスラム根本主義の団体を見ることができます。
彼らは時として政治行動を行うことがありますが、それはやむにやまれず義憤から出た行動であり短期的なものです。
普段は医療や教育などの福祉活動中心の活動を行っています。

これに対してイスラム原理主義は明確にイスラム教聖職者による国家の統治機構の乗っ取りを企てます。
ある特定のイスラム原理主義団体による国家支配が目的です。
ですから単にイスラム教徒が多数を占めるインドネシアと、原理主義団体が宗教と武力をもって国家の統治機構を占有しているイランとは全く性質が異なるものです。

2.神道原理主義

日本における最大の原理主義は神道原理主義です。
これは戦前、天皇を屈伏させ、民主主義議会を閉鎖し、我が国を実効支配しました。
そして未曾有の大艱難を我が国に与え、周辺国に回復しがたい傷を残しました。

戦前、民主主義勢力がなぜ有効に戦うことが出来ず、為す術(なすすべ)なく無力化されたのでしょうか?

①敵の主体が軍国主義ではなく、神道原理主義であることを見誤った

それで敵は、正面からではなく、民主主義勢力の脇をすり抜けて、国家の統治機構を乗っ取ることに成功しました。

②一般の平和的宗教である神道と、神道原理主義の違いを区別できなかった

全ての人の心のうちにある先祖を敬う心を、神道原理主義が国家を乗っ取るのにまんまと利用されてしまいました。
敵の狙いは宗教によって国家を支配することであるのに、それを見抜けず状況待機主義に陥ってしまいました。

③戦後は「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」を出先機関とし、旧厚生省の官僚と靖国神社宮司が結託してA級戦犯を合祀した

これを大変怒られた昭和天皇は、それ以来頑として靖国神社参拝をお止めになられました。
これから分かることは、昭和天皇もA級戦犯を日本にとって決して許してはならない存在としておられたことが明白です。
平成天皇も「国民とともに憲法を守る」と仰り、石原都知事に「国歌・国旗の押し付けは良くない」と明確に述べられました。
真の愛国者とは、このようなものです。

私たちは誰が敵で、誰が味方かを、注意深く見分けなければなりません。
教会が存続するための国家的枠組みを、破棄しようとするものが敵であるサタンとその勢力です。
またこの枠組みを守ろうとするものが、神と教会に忠実な勢力なのです。

3.教会はどのように現状を認識し行動すれば良いのか?

①まず祈る

祈ることにより、ヨセフやダニエルのように、歴史における神のご計画を知ることが出来ます。
また祈ることにより、その時々の政治情勢に過度に影響される危険から守られることが出来ます。

②聖書を現実の世界に適用する作業をコツコツと行う

だれがヨセフの人身売買の背後に、ユダヤ人を食料危機から守る神のご計画があったことを知っていたでしょうか。
誰もいません。
しかしヨセフはいつの頃からか、明確に神のご計画を理解し、わきまえていました。
なぜでしょうか。
それは、常に神のご計画と自分が置かれている現実の世界を対比させて考える訓練をしていたからではないかと、ありのパパは推測しています。

③大胆に行動する

戦前、リベラル派教会は深い神学的知識を持って、今何が起きているか正確に把握していたようですが、沈黙を守りました。
いくら正確に分析することが出来ても、これでは何の意味もありません。
祈って、そして御意を理解できたら、じっとしていないで行動に移さなければなりません。
ヤコブ書にあるように、行いが伴わないような信仰は死んだ信仰であり、義と認められることのない役立たずの信仰なのです。

◎私たちが生きている間にどのようなことが起きるか、誰も分かりません。
しかし私たちは御意を理解したところに従って生きるほかはありません。

追記:
教会は沈黙を守りましたが、リベラル派のクリスチャン達は我が国の非常に重要な節目で、神様からの働きを立派になし遂げたことを、教えていただきました。
urlを貼り付けておきますので、是非お読みください。

勝ち取った憲法

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