失望しないで望みを得るための三つの禁止条項と四つの秘訣

新約聖書のコリント教会への手紙第二の4章にはパウロの「私は決して落胆しない」との告白が記されています。
これは負けず嫌いや強がりで言っているのではなく、本心から言っているのです。

どうすれば落胆しない、失望しない生き方が出来るのでしょうか?
パウロは伝道者でしたから、伝道者としてのあり方から、その秘訣を述べています。

        

1.正直な態度で宣教活動を行う

①恥ずかしい隠れたやり方をしない

密室でセクハラ・レイプ・暴力行為(DV)などをしない。

②悪賢いやり方をしない

マインドコントロールして、財産を献げさせ、あげくに強制執行で土地を自分の物にするようなことをしない。

③神の言葉を曲げない

聖書にない教えで人々をだまし、洗脳し、脅かし、おびえさせ、思うままに操(あやつ)るようなことをしない。

○要するに人間的知恵という混ぜ物をしないで、神の御前で真理(御言葉)を真っ直ぐに語るということです。

        

2.自分の弱さに正直になる

①様々な苦しみを受けても、押しつぶされてしまうことはない

自分の弱さを告白できない人は、仕方なく我慢しますから、いつかはプレッシャーに押しつぶされるときがやってきます。
しかし自分がもっている弱さを正直に告白できる人は、ぎりぎりまで我慢しなくて済みます。
結局、弱さを告白することが自由な生き方につながるのです。

②途方に暮れることがあっても、投げ出したりはしない

「どうしたらよいのか?」と途方に暮れるようなときでも、自分に頼らず神を頼りにするなら、必ず道は開きます。

③失敗することがあっても、打ちのめされたりしない

失敗して苦しむようなことがあっても、絶望してしまうことがない。
なぜなら苦しむことはキリストの苦しみにあずかることですから、それは同時にキリストの命と復活にあずかることにつながるからです。

○自分のもっている弱さに正直にならない限り、強がっている間は、神の力は私たちのところにやってきません。
それは人を救う力が神のものであり、人間のものでないことが私たちに明らかになるためです。

        

3.苦しみには目的があることを悟る

「外なる人は壊(やぶ)るれども、内なる人は日々新たなり」(文語訳聖書)

①肉体は死に向かって、だんだん衰えていく。しかし内にある霊的命は毎日新しくされていく。

②今受けている苦しみ・悩み・困難は、必ずいつか終わる時が来る。

③苦難が栄光をもたらすから、今の苦しみで心を一杯にするのではなく、これによってもたらされる永遠にいたる祝福を心に留める。

◎これらのことに心を向けて生きていくなら、苦しみの多い人生であったとしても、負けないで、かえって勝ち得て余りある者になることができるのです。
平安と祝福を祈っています。

こちらの記事もどうぞ

  • 命にいたる悔い改めと死にいたる後悔と命にいたる悔い改めと死にいたる後悔と 「神の御心に沿って悲しむなら満足すべき悔い改めに至るが、世俗的な悲しみは命の死をもたらす」〔コリント教会への手紙第二07:10〕 1.命にいたる悔い改めとは何か? ①問題がない振りをしない 問題がない振りをするこ […]
  • ヘイトスピーチについて聖書はどのように教えているか?ヘイトスピーチについて聖書はどのように教えているか? 今日は皆さんとご一緒に聖書はヘイトスピーチについて何と教えているかを見てみます。 1.川崎市におけるヘイトスピーチデモ阻止について 先頃、ようやく我が国でも「ヘイトスピーチ禁止法」が成立しました。 言論・表現の自 […]
  • 無力を認めた振りと真に無力を認めたことの違いはどこに現れるか?無力を認めた振りと真に無力を認めたことの違いはどこに現れるか? 1.預言者エレミヤとユダの民の対立の真の原因 「ユダは本心ではわたしに立ち帰ろうとせず、立ち帰るような素振りをしただけであったと主は仰せられる」[エレミヤの預言4章10節] この当時、主の民はイスラエルとユダに […]
  • もしあなたの上司がキリストだったら?もしあなたの上司がキリストだったら? 「人の下で働く人は、キリストに従うように自分の上に立つ人に従いなさい」[エペソ教会への手紙6章5節] 1.上司がキリストのような人でなかったら? 「キリストのような人だったら、従えるんだけどね」とおっしゃる方よ。 […]
  • あるべき親子関係について聖書から学ぶと、親子の問題は解決する!あるべき親子関係について聖書から学ぶと、親子の問題は解決する! 聖書的な親子関係とはどのようなものでしょうか? 親子関係について聖書が教えている箇所を見ていきます。 1.聖書が子どもに教えていること ①子どもは、主を信じる者として自分の両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだ […]