真の成熟は無代価で救われた信仰の原則を人生の全領域に適用すること

知恵は二種類あります。
ひとつは「この世の知恵」もうひとつは「神の知恵」です。
果たして神の知恵とはどんなものでしょうか?
それを自分のものにするためにはとうしたら良いのでしょうか?

1.隠されていた神の知恵とご計画とは何か?

コリント教会への手紙2章6節と7節には「これは社会の一般的な知恵ではなく、この世の移(うつ)ろい行く知恵でもない。それは神の知恵であって、昔隠されていたが、今私たちに啓示されたものであり、神が私たちを救うために、この世界をお造りになる前から、あらかじめご計画しておられたのである」とあります。

キーワードは「世の中で認められていない知恵」「昔(旧約)隠されていたが、今(新約)神によって明らかにされた知恵」「神のご計画の中にあったこと」の三つです。

2.昔(旧約)隠されていたが、今(新約)神によって明らかにされた知恵

世の中で認められている知恵とは、努力によってか、幸運によってか、とにかく結果を勝ち取った者が素晴らしいという考え方です。
この考えに基づいて、親も、上司も、友人も、社会一般も、 あなたを評価します。

昔隠されていたが今、神によって明らかにされた知恵とは、旧約時代は律法を守ることによって救いに到達するのが一般的な教えであったのですが、新約の時代にはイエスによってなされた贖罪(しょくざい)の御業(みわざ)を信じることによって努力なしに救われるという神の知恵を指しています。

3.神のご計画の中にあったこと

神のご計画の中にあったこととは、創造の御業が始まる前から、十字架の上でなされた神の御業を信じることによって人々を救うという神のご計画があったということです。

パウロは、救われているにもかかわらず様々なトラブルが教会の中に起きていたことに関して、救われたときの原則を実生活に適用できている人が成熟している信仰者といい、そうでない人を未成熟な信仰者と呼びました。
では成熟と未熟の違いは何でしょうか?

4.成熟した信仰者と、未成熟な信仰者を別けるもの

未熟の印

①自分と人が違うことを受け入れられない。
②自分と神の間に、何者かを置きやすい。(これがとりもなおさず偶像礼拝ということ。)
③常に争いがある。

成熟の印

①キリストに根差している。
②神の私の間に、仲保者なるキリストと、そのキリストの御霊以外を置いていない。
③平安に満たされている。

5.信仰の原則を生活の全領域に適用する

私たちは「価なしに救われる」という原則を信仰だけに限定し、人生の全領域に適用しない傾向があります。
これは名前だけの信仰者であり、言っていることとやっていることが違う信仰者であり、心に平安がない信仰者です。

無代価で始めた信仰生活が、自分の努力や行いによって立派になっていくのが成熟なのではありません。
真の聖書的な成熟とは無代価で救われたという信仰の原則を人生のすべての領域に適用していくことです。

原則は聖書から知ることが出来ますが、原則を自分の人生に適用するという部分は自分の頭で考えてやっていくほかはありません。
これはやりがいのある仕事です。

このキリストによって可能となる新しい生き方を、まず自らが実践し、そして人々にもお伝えしようではありませんか。
この生き方こそ、今まで隠されており、今明らかになった神の知恵なのですから。

◎平安と祝福を祈っています。

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