本当の敵である神道原理主義

軍国主義と神道原理主義はちがうものでしょうか?
もちろん共通点も多く存在します。
しかしこれを同じものとして認識することは、私たちを致命的な誤りに陥らせる危険があります。
今日はこの問題を皆さんとご一緒に考えます。

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①軍国主義と宗教原理主義のちがい

第二次世界大戦時の枢軸国と呼ばれた三国のうち、イタリアのムッソリーニとドイツのヒットラーは軍国主義者でした。
しかし日本の戦時体制は厳密に言うと、軍国主義ではなく神道原理主義でした。
なぜそんなことが言えるかと申しますと、軍国主義の特徴は一人の強力な指導者によって運動が行われ国家の統治機構を乗っ取るものですが、戦前の我が国はそうではなかったからです。
現在でもヨーロッパにおけるネオナチ政党の指導者はカリスマ的な力をもって党を個人商店的に率いています。
これに対して原理主義の典型例であるイスラム教の原理主義勢力を見ると、突出した指導者はおらず、人にではなく思想に導かれているように見えます。

②天皇と神道原理主義

日本における戦時体制はどのようであったかというと、強力な指導者はいませんでした。
東条秀樹首相などが挙げられるときがありますが、彼は優柔不断のため人気のない政治家でした。

おもに欧米のマスコミから戦争責任を追及されることもあった昭和天皇ですが、彼はファシズムの首謀者などではなく、かえって立憲民主的君主であり平和主義者でした。
昭和天皇が戦争推進勢力と必死に戦われたことが、あとになって様々な歴史資料から明らかになりました。
戦前の日本を少しでも研究しようとする者は、軍国主義というキーワードで探っていこうとする途端になぜ日本が戦争に突入したのか判らなくなります。
そしてお定まりの「日本特殊論」が繰り返されるのですが、これは単に探求を放棄した言い訳に過ぎません。
なぜならすべてのことに原因があり、理由があるからです。
このことに例外はありません。
この原因を明確に突き止めない限り、再び敵の勢力が攻撃してきたとき、またも敗北を喫してしまうでしょう。

このような訳で、日本における戦争推進勢力は単なる軍国主義勢力ではなく、神道による国家乗っ取りを企んだ神道原理主義勢力であったと言うことができると考えます。

③的が外れると平和運動も効果がない

我が国における戦前の平和勢力が無謀な戦争を止めることができなかったのは敵の正体を正しく見極めることができなかったからです。
戦後の平和運動も効果的に行われているとは言いがたいです。
それは標的をありもしない軍国主義という幻影に向けているからです。
正しく攻撃の矢を神道原理主義に向けるなら、効果的な運動を展開できるのではないでしょうか。

④教会と神道原理主義への反対運動

日本同盟教団の憲法改悪に反対する声明文を読んだことがありますが、内容は社民党のものと瓜二(うりふた)つでした。
この声明文を元にして教会が政治的な意見を表明していくとしたら、教会は分裂してしまうのではないかと危惧するものでした。
そうならないためにも教会独自の視点からの分析と行動が必要であると考えます。

憲法改正は政治的信条に関わるものであり、これへの反対運動は教会を分裂させてしまう危険があります。
しかし神道原理主義は政治思想でありつつ宗教的思想であり、教会が存続していくための社会的枠組みを破壊するものです。
ですから神道原理主義に対して反対することは、教会の大義に適っており、教会の一致を促進させることはあっても分裂させることはありません。

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