日本でもキリスト教が盛んだった時代があります

リバイバルという言葉はキリスト教の中で大変よく使われる言葉です。
殊に福音派においては昔からリバイバルという言葉がよく使われてきました。
しかしありのパパはこのことについて疑問がありました。
それはアメリカなどのいわゆるキリスト教国と呼ばれる国ならいざ知らず、クリスチャンが人口の1%未満の我が国で何をリバイバルするのだろうかということです。

映画などでリバイバル上映というような使い方がされるように、一度盛んであったものが、もう一度盛んになるということです。
しかし我が国においてはキリスト教が盛んであったときがないにもかかわらず、リバイバルを叫ぶのは勘違いも甚だしいのではないかと感じました。
それでリバイバルを叫んでいる時間があったら地道(じみち)に福音伝道に当たるべきではないかと考えました。

しかしそうではないことが近年明らかとなりました。
それは日本でもキリスト教が他宗教と肩を並べるほどに盛んであった時期が存在していたのです。
それはみなさんご存じの通り、キリシタンの時代です。
そしてもう一つは(ありのパパの推測ですが)聖徳太子の景教の時代です。

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1.景教から学ぶこと

景教といっても、その教えについて文書が残っていませんから、ここでは聖徳太子の憲法17条から学んでいくことにいたしましょう。

まず第一に「和をもって尊しとせよ」とありますが、この「和」は「わ」ではなく、「やわらぎ」と読みます。
広辞苑によると、
⑴柔軟になる。
⑵穏やかになる。柔和になる。きびしさがなくなる。
⑶親しむようになる。睦(むつ)まじくなる。
とあり、要するに「平和の中に共存することを最も大切なことと考えよ」という教えです。

塙保己一のこと

日本最大の国学者である塙保己一は「さんぽうを敬い」の三宝が[仏・法・僧]ではなく、三方[儒教・神道・仏教]であるとしました。
ありのパパは、この三方が[景教・神道・仏教]ではなかったかと考えています。

塙保己一が存命当時に「景教であった」と主張する可能性は全くありません。
なぜならキリシタンであると疑いを掛けられただけで、社会的地位を失い、身体的自由を失う危険があったからです。
ですから塙としては「さんぽう」が三宝でなく、三方ではなかったかと主張するのが精一杯の彼の出来る事であったと思います。
私たちは塙のあとを引き継いで、この三方の中身は何であったのかを考える使命があると思っています。

寛容をもって社会に接する

景教徒であった(とありのパパが推測している)聖徳太子は「和をもって尊し」と教えました。
神道と仏教という二つの宗教が緊張関係の中にあり、一触即発と言っていいほどの状況の中で、景教は第三勢力であり、もしこの争いに巻き込まれれば、絶滅してしまう恐れがありました。
ですから聖徳太子としては「和をもって」と言う他はなかったのかもしれません。

今の時代は完全な信教の自由が保証されている時代ではあります。
しかし少しずつ少しずつ信仰を圧迫する時代が近づきつつあるのを感じないわけにはいきません。
この自由の時代を無駄遣いせず、活かして用いるためにはどうしたらよいでしょうか。

私たちには自分たちの宗教のことばかり考え、全体のことは眼中になく、国家・社会のことは神様にお任せという傾向があります。
これではいけません。
聖徳太子に倣(なら)って、私たちも全体に対して国家・社会に対してどうあるべきかを考えていく必要があります。

2.キリシタンから学ぶ

①プラスの点

キリシタンは誰が自分の主であるか、はっきりさせていました。
そして復活のいのちを本当に信じていました。
イエスが主なのか、主君が主なのか、その答えを明確にもっており、またその結果を甘受する覚悟をもっていました。

②マイナスの点

隠れキリシタンとなったことです。
迫害を逃れるため、言い換えれば「静かなクリスチャン」になってしまいました。
静かなといえば聞こえはいいですが、言い換えれば「伝道しないクリスチャン」ということです。
ローマ時代にキリスト者は大迫害の中を通りましたが、決して伝道を止めませんでした。
なぜなら迫害に勝つには伝道しかないことを知っていたからです。
そしてキリスト教徒が多数派となり、ついに迫害は止みました。
伝道しないクリスチャンはサタンの思うつぼであり、致命的敗北は確定的です。
「伝道熱心なクリスチャン」こそ、圧倒的勝利の鍵です。

◎主よ。私はあなたのことを聞き、
あなたの御業を恐れます。
今の時代に、彼らを新しく変え
彼らに知らせてください。
御怒りのうちにも、憐れみを忘れないでください。(ハバクク書)

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