性格上の欠点がイエスに似る者となるために用いられる三つの秘訣

「なんでこんな弱さを授かったかなぁ」とは多くの人々の心の嘆きではないでしょうか。
どうしたらマイナスにしか見えない弱さが「この弱さこそは私の宝物である」との思いに変えられていくことが出来るのかを、ご一緒に考えてまいります。

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1.性格上の欠点も用いられるために存在する

『神を愛する人々、つまり神のご計画に従って救われた人々には、神がすべてのことを共に働かせて、益としてくださる。』[ロマ書08:28]
このところにはすべてのことが、自分の中にある良いと思われる点も、またなければ良かったのにと思えるところも、神のお取り扱いを受ける中で、こんな弱さを持っていて良かったと言えるようになると書かれてあるのです。

この聖書の箇所は「なければ良かったのに」と思っている様々な自分の性格上の欠点が、御子の姿に似る者となるために用いられるというのです。
これはなんと愉快なことでしょうか。
私たちにはこんな愉快な人生が待ち受けているのですから、気落ちすることなく前進しようではありませんか!

2.主のお働きには三つの側面がある

一つは委ねるという側面

委ねると言いながら、その実少しも委ねた御方を信頼していない人がおられます。
まるでマリアとマルタの姉妹の場合のように、片方は委ね切って御声を聞こうとして跪(ひざまず)き、もう片方は主のためにと忙しく働き、結果として恵みを受け損ねてしまいます。
そうならないためには委ねたら自分の働きを止めねばなりません。
止まっていないのは委ねていない証拠です。
そしてそれはその方自身が一番よく知っていることです。

二つ目は期待し続けること

同じようにイエス様の膝元にひれ伏していても、何かが起こると期待して跪いているのと、「でもなぁ、やっぱりなぁ」と思いつつ体だけ跪いているのは、主の御前で全くちがうことです。

三つ目は従うこと

委ねて、期待して、主のみこころが示されたら信仰をもって従うことです。
そうしたら主の御業が起きます。
神の奇蹟を体験することが出来ます。

次のような方を時々見ることがあります。
どのような結果になるかある程度分かっているのに突っ走るだけ突っ走り、最終局面にきて思わず後ずさりするのです。
この段階で躊躇するぐらいなら委ねなければよかったし、期待しなければよかったのです。
思わず後ずさりしそうになる気持ちは分かります。
なぜならありのパパがそうだから(笑)。
しかし前進しない限り、人格改変という奇蹟が自分のものになることはありません。
どうぞ勇気を振り絞って前進していただきたいと願っています。

3.計画は大事

イエス様は何かを始めるとき「終わりに至るまでの計画を立ててから始めよ」と言われました。
ありのパパがまだ若かったとき、この御言葉に接したとき本音では「なに言ってるの。まず始めてみることが大切なのではないか。始めたあとで考えれば良いのではないか」と感じたのでした。
今ではそのような考えが実に愚かであったと分かります。

ところでイエス様に似たものとなる人格改変計画のために必要なプログラムは何でしょうか?
ありのパパは皆様に12ステッププログラムをお勧めします。

どうでしょうか?
イエス様と共に人格改変の旅に出る準備は整ったでしょうか。
委ね続けますか?期待し続けますか?従い続けますか?

◎ありのパパもこれをチャンスとして再出発したいと思います。ご一緒にいかがでしょうか?
祝福を祈っています。

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コメント

  1. ヒラぴゃん より:

    ありのパパさん、おはようございます。

    今朝のブログを読ませていただいて、まるで礼拝で説教を聞いているような気持がしました。

    私も性格的にたくさんの弱さを持っているので、今回のメッセージにはひとつひとつ覚えがあります。委ね、期待し、従うという3つのステップを考えるとき、自分は主の前に、いずれのステップにおいても中途半端だったなあ、と反省させられます。

    中途半端に委ね、中途半端に期待し、中途半端に従う、その結果が今の自分だと気づかされ、ハッとするとともに、ズバリ指摘されて恥ずかしい思いです。

    ルカ14章で主イエスが、主の弟子となる者の覚悟と、その心得を話しておられるところを読み、完成を見据えた姿勢と覚悟の必要性を改めて知らされました。

    もう一度、主への委ね、期待、従いという観点から自分の信仰を見つめ直してみたいと思います。

  2. ありのパパ より:

    おはようございます、ヒラぴゃんさん。

    ○私の書き方が不十分でした。
    私たちが変えられていくのは、人間の側の働きによるのではなく、神の働きによります。
    だからこそ希望が持てるのですよね。
    自分の従順や信頼に鍵があるのだとしたら、私も自分の可能性をあきらめるほかはありません。
    神にと言いながら、結局人間の側の働きに帰してしまうのはアルミニアンの悪い癖です。
    真に申し訳ありませんでした。
    早速書き直そう。(笑)
    今晩出張先から戻りましたら、文章を付け加えることにします。

    ○若い時は、黒人霊歌を聞くと、「何、泣き言いってんだよ。」という気持ちになったのですが、年を取った今は、「これでいいとは思わない。しかしこんなもんかな。」という気がします。(笑)

    ○お互い、残りの人生を燃やしつくして、死んだ後には完全に燃えた燃えかすだけが残っているようでありたいですね。

  3. 岡田 より:

    こんばんはありのパパさま。

    先週の 日曜わたしが 導いた(実は聖霊さまがみちびかれた) ご婦人がイエスさまを 受け入れ 洗礼を 受けることに なりました。

    大きなトラブルを 抱えておられたので 祈っては いました 。
    電話したり メールしたり 訪問したり いろんな動きかたをしました。

    心の中では、さっさと信じたら ええのに これしか答え ないやんと 思いながら、信じる信じないは あなたの自由なんですよ〜 などと 作り笑いを浮かべながら伝道しておりました。

    人間関係の 信頼感を作り 時間を かけて イエスさまのお話しする 今のところ自分には この方法しか ないのかなあ おもっています。

    どうか この ご婦人が 幸いなクリスチャン人生を、おくれますよう 祈って 頂ければと 願います (名前はださなくともイエスさまは、だれのことか分かっておられます)。

    そして今週の礼拝後からありパパさんが、おっしゃっる イエスさまと共に自己変革する そんな風が自分にも吹いてきたような 気がするのです。
    ほんの少しですが、晴れた空 そよぐ風という気持ちです。

    テモテ書からの 説教でしたが クリスチャンの間にも ことばの争いをする病気が あります 。
    この ことば争いウイルスは 自他を 傷つけます。

    沈黙のマスクを つけましょう 。
    そしてこの新しい一週間 徳を高める ことばを 会う人に語るように いたしましょう。

    というような お話しでした

    そして日曜日から ぼくも実行しています 5日間 だれとも 口喧嘩 論争していません(笑)。

    わたしの口のことば 心の おもいが 神に 喜ばれるように そう生きたい と 感じた 日曜日でした。

  4. arinopapa より:

    岡田さん、こんばんは。

    良いお証をありがとうございます。
    結局のところ、岡田さんのような伝道するクリスチャンがいるかどうかで、すべてが決まってくるのだと思います。
    「信頼関係を作って伝道する方法しかないのかなぁ。」と言われておられますが、あと私が考えつく方法といえば、洗脳するとか、だまして連れてくるとか、罰が当たると脅かすとか、(うそうそ)。
    岡田さんの伝道方法が聖書が推薦する唯一の伝道方法ではないかと思います。

    その救いに預かれたご婦人のためにお祈りしました。
    また問題が解決することによって、神の栄光が現れますようにと祈ります。