完全に赦されていることを知ると、完全な愛に満たされることができる

完全な愛はどうしたら持てるのでしょうか?
それは自分が赦されていることを知ることによってです。
完全な愛をもつためにはどうしたら良いかをお話します。

        

1.全き愛の教えが気に障るとき

ヨハネの第一の手紙4章18節には「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は全きものとなっていないのです」とあります。

これはある人にとってはとても恐ろしい言葉です。
到底実行不可能なことを神様から押し付けられている感じがします。
実はありのパパも、そのうちの一人でした。
本当の意味は全く違うのですが、勝手に「完全」とか「全き」という言葉に強迫的な責めを感じるのです。
どういうことかと言いますと「せっかく救ってやったのに、何だこのザマは!」と言われているように感じるのです。
全くもって妄想的であり、根拠がないのですが、そのように聞こえてしまうのです。

        

2.心にフィルターがかかっていると誤解する

このようなところから解放されたのは、この聖書の言葉の意味が本当に分ったからと言いたいのですが、そうではありません。
まず「ありのままでいい。そのままのお前でいい」ということを体験的に知ることから始まりました。
そしてその次に、御言葉本来の意味を悟ることが出来ました。
どうやら心に間違ったフィルターがかかったままでは正しく理解できないようです。

ありのパパは全き愛は聖霊のパプテスマによって与えられるものと理解していました。
そうすると間違いなく自分は全き愛を持っているはずなのです。
しかし実際には恐れがあるどころの話ではない、責められっぱなしであり、ちっとも平安がない自分なのです。

しかし、ありのままの自分でよいと分ってから、間違ったフィルターが取り除かれてから、再び聖書に目を通すと、今まで見えてこなかったことが見えてきました。
今までは心の中で「全き者となっているなら、恐れないはずである。恐れを締め出せないのは、全き愛を持っていないからである。愛には恐れがないのになぜお前は恐れるのか(怒)」と読めてしまい、そのせりふのテープがぐるぐる回って私を責めていたのです。

それがよく読むと「完全に赦されていることを知っている者には恐れがないんだよ。なぜ恐れるかというと罰せられるからなのだ。もうお前は罰せられないと知っているだろ。そのような時、人は恐れなくなるのだ。だから完全に赦されるいることを体験的に知ったとき、愛が完全になるとわたしは言ったんだよ」と読めるのでした。ハレルヤ!

        

3.全き愛を体験してからどうなったか

それからは全き愛に満たしてくださいというような的外(まとはず)れな祈りはしなくなりました。
少なくともこの件に関しては、りきみからも解放されました。
全き愛をいただくためには、自分の罪がイエスの十字架によってすべて完全に赦されていることを知ればよいだけだと分かったからです。
今では、この聖書箇所が恐ろしくなくなり、責めを感じることもなくなりました。
かえっていつも心に励ましを頂戴することが出来るようになりました。

皆さんも、この全き愛をご自身のうちに常に持つことが出来るようになります。
愛されないで育った人も、理屈でない本当の愛に満たされることが出来ます。

◎平安と祝福を祈っています。

        

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