ピーター・ワグナー先生の功績と受け入れられない主張

ピーター・ワグナー先生といえば、知らぬ人はいないというぐらい有名な先生です。
今日はこの先生について、ありのパパが知っていることを書きます。

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①ピーター・ワグナー先生の日本デビュー

このピーター・ワグナー先生が本格的に日本のキリスト教会に登場するようになったのは、東京福音リバイバル・クルセードに招かれるようになってからと記憶しています。

最も強く記憶に残っているのは、この先生がアメリカが日本に原爆を落としたことを土下座して詫びたことでした。
このとき、ありのパパはなぜ自分がアメリカが嫌いだったのかをはじめて気づきました。
それまでは記憶を封印して感じないように、考えないようにしてきたのです。
しかしピーター・ワグナー先生が土下座して謝ってくださったことによって、その封印がとけ、その時はじめてアメリカを赦したのでした。
(原爆投下の国家犯罪を〔許した〕のではありません。原爆投下による心のわだかまりを自分とキリストの関係の中で〔赦した〕のです。)

ありのパパが知るかぎりにおいて、原爆投下をアメリカの名において謝罪した人はピーター・ワグナー先生以外誰も知りません。
このときありのパパは、この先生は本物だと感じたのです。

②脱線と迷走

しかしこの先生は、以後迷走を繰り返すようになります。
ありのパパが受け入れられるのは、この方がビンヤード教会のウィンバー牧師とともに「力の伝道」を推進していた時期までです。

この先生の特徴は、すべての行動が宣教学的視点から行われるということです。
それ以外の神学的視点はスポイルされているように感じました。
福音派の神学は宣教学的視点を全く考慮に入れていないかのようなところがありましたので、逆に新鮮に感じました。

しかしそのうち聖霊第三の波を越え、穏健なペンテコステ運動を越え、ついにペンテコステ派最大の教団であるアッセンブリーズ・オブ・ゴッドから異端宣告を受けた「五役者復活運動」や「預言者運動」と連携をとるようになります。
そして今、皆さんが見ているような状況があります。
即ち、既存の教会から「新使徒団」配下の教会にクリスチャンたちが移っていくとか、既存の教団はなくなっていくとか、信じられないような主張をすることになります。

ここまで来ると何をかいわんやですが、なぜこうなってしまったのでしょうか?
少しずつ、少しずつ、強調点がずれていったと思います。
日本人には日本人特有の弱さがあるように、アメリカ人にはアメリカ人特有の弱さがあったのだと思わされます。

③霊的ひとり相撲

キリスト教的な一神教の背景の中で育つと、聖書が前提にしているアニミズム的世界観を正確に捉えることが出来なくなってしまう恐れがあります。
その結果行われることは、霊の世界において一人相撲のようなことになってしまいます。
私たち日本人のように八百万の神々という、アドバンスド・アニミズムともいえるような環境に生きている者でなければ分らないこともあるようです。
(日本の文化的・霊的環境を熟知しているにもかかわらず、霊的地図作りを行ったり、神社に行って霊的戦いを行った牧師が多くいたのは、キリスト教入信時に今までの霊的環境の記憶を抑圧・封印してしまい、自分を霊的盲目にしてしまったからではないでしょうか。そしてそのうえで霊的戦いならぬ、霊的一人相撲を行ったのです。)

④アメリカ社会を覆う物質主義

定額給付金が出ることを日本人は嫌がります。
それぐらいお金に関してしまりがあると思います。
アメリカでは、われ先にデパートやスーパーに走り、1ドル残らずみな使ってしまうと言います。

アメリカ人クリスチャンに特徴的なのが、物質主義です。
これに対して彼らは私たちが不思議に思うほどに違和感を感じてないようです。
物質に対して依存的になると、どんな副作用があるか彼らは無知に過ぎると思います。
ありのパパは彼らの多くは物質依存ではないかと見ています。

⑤アメリカ福音派教会の歴史的特長であるリバイバル主義

アメリカの福音派教会はリバイバルの連続でした。
クリスチャンたちがそれを求めます。渇くほどに求めます。
厳密に言うとリバイバルと教会成長は違うことですが、どうやらアメリカでは(日本でも?)教会の成長をもってリバイバルの証拠とする傾向があるようです。
そうなると成長するなら、どんなことをやってもOKとなりがちです。
事実そうなりました。
異端宣告されたセクト的団体と手を組むということも行われました。

◎ピーター・ワグナー先生は2016年10月21日に亡くなられました。
謹んでご冥福をお祈りします。