敬虔主義的キリスト教の弱点

私たち日本人が欧米の宣教師から受け取ったキリスト教には隠れた弱点があり、それがクリスチャンの成長を妨げているのではないでしょうか。
今日はそれを皆さんとご一緒に考えます。

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①罪から解放されていないのに解放された振りをする

聖い人生を送っていないのに聖い人生を送っているようなふりをします。
それは聖い生涯ではなく、うそつき・律法主義者の人生であると言えましょう。

アル中の場合は酒と縁が切れてないのに、世間体が悪いので酒を飲んでないと言い張ると、待ち受けているのは死のほかありません。
命のあるうちに自分に正直になって、無力を認め、神に信頼し、自分の人生を委ねなければならないのです。
要するにアル中には余裕をかましている暇はないのです。

それに比べてクリスチャンの場合は罪から解放されていなくても、色々な言い訳をして(いわく人間は弱いものだとか、罪と過失は違うとか、生きている間に罪から解放される事はないとか)嘘をつきがちです。

嘘をついてもアル中や薬物依存と違ってすぐに罪のために死ぬということはありません。
ただし死後には永遠のさばきが待ち受けています。

②日曜礼拝に出席しているだけで「敬虔なクリスチャン」と呼ばれてしまう

人の顔を恐れる日本文化も相まって二面性のある、自己一致していない、建前と本音が分離しているクリスチャン生涯を送る人が多いです。
このような人はパウロが言ったように、この地上で最もみじめな人々ではないでしょうか?
救われたと言いつつ、本当は何から救われたかさえ知らないからです。

➂聖書的クリスチャンになる道

a.嘘をつくのをやめ、正直に生きる生き方を選び取る。

b.個人情報を外部に漏らさない信頼できる人々によって構成されるスモールグループで、率直に自己開示を行う。

c.12ステップを個人的にやり続ける。

◎真に聖書に忠実なキリスト者となりたいものです。
平安と祝福を祈っています。