福音主義神学に限界はあるか?

最近あまりに福音派教会のスキャンダルが多いので、実は背景にある福音主義神学に問題があるのではないかという人がおります。
『福音派』神学ではなく、『福音主義』神学と言われますと、ありのパパも黙ってはおれません(笑)。

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1.神学は自らが豊かにしていくもの

神学はすでに完成されたものではなく、生き物であり、キリスト者の実践と思索によって豊かに発展させていくべきものです。
その作業をせずに限界呼ばわりするのは的を外していると言わねばなりません。

2.考えることを習慣にする

昔、神学校の授業で、ありのパパが教師に「先行的恩寵とは良心のことですか?」と質問すると、教師は気色ばんで「先行的恩寵は先行的恩寵だ」と答えるばかりでした。
これでは議論になりません。これ以降質問するのをやめました。

日本人信者は写経的というか、今あるものを変えられないものとして、そのまま受け止める傾向が強いです。
しかしこれは間違っております。
聖書を生活にどのように適用すべきかとの思索の結果として神学は生み出されたのです。

ですから他人事のように「福音主義神学の限界」などと言っていてはいけません。
あなたも聖書を誤りのない神の言葉と信じているのですから、直面する問題に聖書をどのように適用すれば良いかを考えてみてください。

頭は生きている間に働かせなければなりませんよ!(笑)

◎平安と祝福を祈っています。