依存症は一回限りの神の業によっては治らない

依存症は果たして一回限りの神の業によって回復を果たすものでしょうか?

この問題を考えます。

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①元覚醒剤依存症の牧師のこと

元覚醒剤依存症の牧師がキリスト教マスコミの取材に答えて、「なぜ聖霊第三の波の運動に参加するようになったのか」を答えている記事を読んだことがありました。

それから何年かしてから、その牧師が薬物中毒による影響で信徒を建物から突き落とし、自らも身を投げたという知らせを聞きました。

②一回限りの神の御業

教会では、「一度限りの聖霊の働きで依存症の類から解放された」というような証しがよくなされます。

ありのパパはそのような証しを聴くたびに暗澹たる思いになります。
なぜなら、その人の行く末が見えるからです。

理論がいかに正しく見えても実証できない理論は正統な理論とはされないにもかかわらず、キリスト教では見世物のごとく「こんなに癒されました」と無責任にアピールが繰り返されています。

③本当の解決の道筋はどのようなものか?

12ステッププログラムに取り組み、ミーティングに生涯出席し続けることなしに、依存症から解放されることはあり得ないことです。

あるアル中の方が「10年飲まない人生を送っても、母と妻はまたいつか飲むのではないかと恐れており、俺を信用していない」と言ったそうです。
ありのパパに言わせれば、これこそが健全なものの見方であると言えましょう。

◎回復と平安を祈っています。

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