昭和天皇が嫌悪した靖国神社宮司

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1.天皇が靖国神社参拝を取りやめた本当の理由

戦後、定期的に靖国神社参拝を行われていた昭和天皇が、あるときから周囲の勧めにもかかわらず頑として靖国神社への参拝を取りやめられました。

①靖国神社のA級戦犯合祀

その理由が新たに靖国神社の宮司になった者と当時の厚生官僚の結託により、戦争犯罪人(A級戦犯)の靖国神社への合祀(ごうし)にあることが、数年前に明らかになりました。
戦前の日本は憲法原則は立憲君主制でありながら、実態は神道原理主義者による独裁でした。
神道原理主義者が天皇の名前を利用して国家支配を着々と進めていた時代に、昭和天皇は必死で神道原理主義と戦われました。
その自分に敵し、国家・国民を破滅に陥れた歴史上まれに見る大犯罪人・売国奴とも呼ぶべき者たちを、戦争犠牲者を追悼する靖国神社に奉ったのです。
この所行に対して、昭和天皇は怒られたのでした。

②歴史の真実とは?

歴史的資料が出てくるに従って色々なことのつじつまが合ってきました。
たとえば天皇の戦争責任を問う外国記者の質問に対して、昭和天皇は「そのような文学的質問に対しては(答えようがない)」とお答えになったのですが、そのときありのパパが感じた疑問も溶けました。
政府部内の神道原理主義者と必死になって戦った自分に対して戦争責任を問うことは法律上は間違っていないだろう。
しかし実態を正確に反映していない質問には答えようがないと言われたのです。

○目を覚まして祈っていないと、誰が敵で誰が味方かさえわからなくなります。

2.平成天皇と神道原理主義

在位式典の際、「国民とともに憲法を守り」と仰られ、また園遊会において国旗・国歌の強制は良くないと言い切った平成天皇は、日本の神道原理主義勢力にとって昭和天皇と同じくらい、目の上のたんこぶです。

大分以前、美智子皇后が日本の右翼勢力に根も葉もないことで集中的に攻撃され、失語症にされてしまったことがありました。
このときは国民の批判が高まったのと、皇室批判の急先鋒だった出版社が他の右翼勢力によって襲撃され、攻撃は失敗に終わりました。
このことは神道原理主義勢力も一枚岩ではないこと、またいくら言論の自由があるといっても神道原理主義が好き勝手に日本国の象徴を卑しむのを手をこまねいて見ているだけではならぬこと、反撃しなければならないことを私たちに教えました。

◎今はブログがあります。
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