教会の外なる敵と内なる敵(その1)

キリシタンの時代と現代のちがいは、江戸幕府三百年の歴史があり、その間に日本独特の文化の成立ということが挙げられます。

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1.では日本文化の(負の)特徴とは何でしょうか。

①【村社会意識・世俗主義】(神よりも人の顏を恐れる。)

②【武士道精神・律法主義】(神の義《公義》よりも己が義を主張する。)

③【神道原理主義・主観主義】(キリスト以外のもので心を満たそうとする。)

以上のものを挙げることができます。

それでは一つ一つ考えていきましょう。

2.村社会意識・世俗主義

①日本人ほど人の顔色をうかがう民族はないといわれます。

都市部では若干違うものの、地方に行くと人の顔をうかがう文化が強力に残っています。
このため海外で信仰を持っても、人の顔色をうかがう文化の中では信仰を維持するのは難しいことになります。
また入信した後も人の顔をうかがうという文化は、信仰生活の中に姿を変えて残存します。

②それは世俗主義です。

世俗主義とは、この世のことと心の中のことを分けて考え行動する原理です。
分けて考えればこの世と衝突することもなくなるでしょう。
その隠れた動機はやはり人の顔を恐れることにあると思います。
人の顔が気になるので、なるべくトラブルになるようなことは避けたいと考えるのです。
その恐れ方が尋常ではないのです。

③これはパウロ的生き方の対局にあるものです。

パウロは「この世が望む信仰を宣べ伝えるなら、迫害を受けることはなかったであろう」と言いました。
ある方のブログで知ったのですが、その方の通うリベラル派教会の牧師は天使や悪魔の存在を信じないというのです。
その理由がふるっていて「科学が発達したこの時代にそんな証拠のないことを伝えられない。」というのです。
なぜこのような理解になるかと言うと、それは聖書観が間違っているからですが、その動機は世間が望む信仰を宣べ伝えたいからです。
結局、人の顔を恐れているのです。

◎リベラル派教会は、なんでもありの教会だと以前書きましたが、リベラル派教会に限らず人間なら誰でも人の顔を恐れるということがあります。

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