福音派『教会成長運動』の動機と結末

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1.福音派教会成長運動の結末

個別の教会が成長することが、福音の進展につながるとの理解に基づいて行われてきたのが教会成長運動です。
しかし結果は違ったようです。
ただ単に十本指で数えられる程度の教会が千人程度に成長しただけにすぎませんでした。

その上、これらの教会からはマインド・コントロール、人権・財産権の侵害という信じられないようなスキャンダルが次々に持ち上がっています。
明らかに教会成長運動は失敗しました。教会成長運動はやめねばなりません。

2.何をもって福音宣教を行っていけばよいのか?

それは聖書に帰ることによってです。

イエスは『聖霊があなたがたに臨むとき、あなたがたは力を受けます。そしてあなたがたの住む街から始めて、あなたがたの国、近隣諸国、ついに全世界にわたってイエス様の証人となる』と言われました。

これだけで良いではありませんか。付け足してはならないのです。

この点で私(ありのパパ)も悔い改めなければなりません。
後から振り返ってみるならば、結局やろうとしていたことは、聖書だけでは不足であり、この世の教えを援用しなければならないと言っているようなものでした。

3.聖書通りにやろうとするときに、気を付けなければならないこと

それは聖霊が臨まれるとき、異言で祈る賜物もまた付属するということです。
『聖霊第三の波』や『教会成長運動』は聖霊に満たされるというところまでは聖書に忠実でした。
しかし継続的に聖霊に満たされ続けるために必須の存在である異言の賜物を否定ないし、軽視しました。
これが運動の脱線と不発の理由だったのかもしれません。
異言を認めると教会が分裂するとか、仲間外れになるとか、そのような心配のために、真理を割り引いてしまったのでしょうか?