盲従の意味とは何か?そして行動が変容するために必要なこと

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①「分かってはいるのだが」という言い訳

お店で食事をしているとき、となりに座った年配の婦人二人の会話が聞こえてきました。
それは「後期高齢者制度がひどい」という内容でした。
話は飛びますが、私の母も後期高齢者制度はひどいと言っていました。
それで私が「じゃあ、今度の選挙は民主党に入れないとね」と言うと、母は何の抵抗もなく「いや、今度の選挙は公明党に入れてくれと頼まれているから」と言うのです。
このことで母と少しばかり話をしましたが、母のなかでは後期高齢者制度はひどいというのと、選挙でどの党を応援するかはつながっていないようでした。

私は、となりで話しておられる婦人方も私の母と同じような行動パターンであろうか。
それとも思ったこと、感じたことが行動につながる(この場合は投票行動)だろうかと思いながら、そのお店をあとにしたことでした。

②「分かっているつもり」と「分かっている」のは天と地ほどの違いがある

人がよく「いや~分かってはいるのですがね。止められないのですよ」と言うのを聞きます。
しかし本当は違うのです。
分かっていれば止められるのです。
止められないのは、分かっていないからです。

③何が真の問題でしょうか?

実は分かっていないのに、分かっていると錯覚しているのが問題です。
だから分かっていない自分に気づくことが鍵です。
行動が変わらないとき、自分に問いかけてみる必要があります。
即ち自分は本当に分かっているだろうか。それとも分かっていないのに分かったつもりになっているだけだろうか。

最初の問題に戻ると、後期高齢者制度は駄目と思っているなら、次の選挙では後期高齢者制度を廃止すると公約している政党に票をいれることが、本当に駄目だと思っている人の行動です。
それに対して「駄目とは思っているのだが、いろいろあってね」と言う人は本当は駄目だと思っていない人です。
しかも自分は駄目だと思っていると錯覚したままです。
これが盲従ということです。

◎日本という国が盲従する人々の集まりから、行動が真に変容する国民の国になるときが近づいているようです。