一粒の麦
皆さんは、なぜイエスが一粒の麦のお話をされたか、ご存じでしょうか。 それは過越(すぎこし)の祭りを祝う人々の中に、何人かのギリシャ人がいたのですが、このギリシャ人たちはイエスにお目通りを願いました。 このギリシャ人たちに … Continue reading
皆さんは、なぜイエスが一粒の麦のお話をされたか、ご存じでしょうか。 それは過越(すぎこし)の祭りを祝う人々の中に、何人かのギリシャ人がいたのですが、このギリシャ人たちはイエスにお目通りを願いました。 このギリシャ人たちに … Continue reading
信仰というものは、自分の無力を認めるということを前提としています。 しかし人間が罪深いのか、サタンの仕掛ける罠が巧妙であるのか、私たちは時々自分が無力であることを忘れてしまいます。 それで手痛い失敗をしてしまったあとに、 … Continue reading
今日は皆さんとご一緒に、ビルマ(ミャンマー)について考えてみたいと思います。 1990年に総選挙が行われ、80%の得票率を得た国民民主同盟ですが、軍事政権は指導者であるアウンサンスーチーさんを自宅に軟禁したまま、20年の … Continue reading
ありのパパが子供のとき、「お通夜の最中にお棺の蓋がガタガタ鳴り出して、恐る恐る蓋を開けてみると、死んだはずの人が生き返っていた」という、お話がまことしやかにされていました。 その話の信憑性を高めるための補強として「昔は医 … Continue reading
すべての人間関係の問題の鍵は「受容」ということにあると、ありのパパは考えています。 そこで今日は皆さんとご一緒に、受容ということを考えてみたいと思います。 1.自己受容とは? ①自分と自分自身の関係。 自己受容とは何かと … Continue reading
このブログを読んでくださる皆さんは、クリスチャンの方が多いと思います。 そんな皆さんにお尋ねしたいのですが、あなたは「なぜイエス様を信じているのですか?」と問われたら、何とお答えになるでしょうか? 「えぇ、まぁ何となく」 … Continue reading
今日は皆さんに、ありのパパが子供のときに飼っていた犬についてお話したいと思います。 別にネタが切れたから、愛犬について話すのじゃありませんよ(笑)。 ありのパパは機能不全家族に育ちましたから、生き延びるために人とは少々違 … Continue reading
ヨハネの福音書の8章48節を見ると、ユダヤ人の指導者たちがイエスに喰って掛かっている場面があります。 私は時々思うのですが、ユダヤ人の指導者たちは、とても善良な人々であったのではないかと言うことです。 しかしイエス様に彼 … Continue reading
韓国からおいでになられた婦人宣教師が説教の中で良く言われていたことがあります。 それは「信じて良いのは神様だけ。人を信じると裏切られる。人は愛するものだ。」ということです。 その時は「なるほど」と思いました。 しかしよく … Continue reading
バンクーバーで開かれた冬季オリンピックが終わりました。 皆さん、熱く燃えられたようです(笑)。 ありのパパの家にはテレビがないので、選手の活躍の様子はインターネットを通してしか知ることが出来ません。 それで気づいたことが … Continue reading