日清・日露の戦いの頃までは、我が国の軍隊は世界で最も礼節を知る軍隊として世界に認められていたそうです。
それが国民の知らないところで、軍隊の性格が変質し、後々国家に重荷を残すような戦争犯罪を犯す軍事組織となってしまいました。
なぜでしょうか。今日はこのことを皆さんと考えてみたいと思います。
1.明治維新によって江戸幕府を倒し、新政府を樹立した幕藩勢力は、明治政府の権力を独占しました。
このことは否定的影響もありましたが、武士道精神が政府部内の隅々まで浸透するという効果もありました。
①議会で幕藩政府に対する闘争が行われた結果、幕藩勢力の影響力は徐々に弱まっていきました。
それは軍隊も同様でした。
具体的に何が起きたかというと、軍隊内の幕藩勢力が退場し、代わりに軍隊たたき上げの軍官僚が登場しました。
これだけ見ると何が問題なのかと思いますが、ここに落とし穴がありました。
以前の支配勢力であった幕藩政府は、一言で言えば武士道精神によって自らを律することを最善とする人々でした。
変わって登場した軍官僚は、武士階級以外の出身者たちであり、格別に何かの思想をもっている人々ではありませんでした。
②この軍隊を支配する勢力の交代は、当時の人々からは好感を持たれていたようです。
しかしその結果を予測することに完全に失敗してしまいました。
それは軍隊に関する情報が極端に少なく、ほとんど妄想とでも言わなければならないようなことが、まことしやかに報道されていたので、そこで何が起きているのか、またこのまま行くとどうなるのかなどの、冷静で体系的な分析が全く行われなかったことが、我が国にとって致命傷となりました。
2.官僚という存在
官僚は国民の付託を得た政治家のもと、実務的政策を行うべき集団です。
彼らは決して政治家ではありませんから、官僚を自分勝手に行動させてはなりません。
官僚というものは、どの時代であっても、どの国であっても、共通した特徴があります。
(あくまでも国民のコントロールが及ばないとどうなるかということであり、本来の官僚の姿とは違うものです。誤解のありませんように。)
①政治家の言うことを聞かず、あまつさえ政治家をコントロールしようとする。
彼らはそのためにはどんなことでもやってのけます。
戦前、政治家で戦争をしたいと思った者は一人もなく、ただ軍官僚とマスコミがタッグを組んで戦争賛美を繰り広げ、世論誘導を行いました。
その結果、戦争に反対であった昭和天皇をも屈伏させました。
その屈伏させたグループがA級戦犯たちであったのです。
それは昭和天皇が怒られるはずです。
この者たちによって、日本と世界はしなくてもよい戦争を行い、限りなく悲惨な状況に引きずり込まれました。
②官僚は情報を隠そうとする。
自分に都合のいい情報だけを流し、それがない場合は偽情報を流します。
現在でも警察官僚が、事件などについて偽情報をリークし、世論誘導を行うのは、日常的に行われています。
愚かなマスコミが、その偽情報に食いつき、踊らされ、ワイドショーのような報道を繰り広げますが、これは今に始まったことではありません。
戦前からそうだったのです。
③国民の税金を盗み、国民の生命を奪う。
官僚というものは、大局的な見地に立った思考というものをいたしません。
ただ目の前にある問題を自分に有利にどのように導こうかということのみを考えるものです。
戦前、陸軍と海軍の官僚は反目し合い、それが全ての行動の動機となりました。
陸軍が一定の勝利を得てからは、今度は陸軍内部での官僚たちの権力闘争が始まりました。
3.「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず」(戦陣訓)1941年
自分たちの兵隊に「捕虜になるぐらいなら死んでしまえ」と教える軍隊が、敵側の捕虜の兵士を国際ルールに基づいて処遇するということはあり得ない話です。
当然、捕虜の虐待が当たり前のように行われました。
インドネシアの旧主国であったオランダの兵士が、インドネシア独立運動のメンバーに暴力を加えるとき、オランダの兵士の顔には、恐れの感情があったとの証言があります。
これに対して日本軍の兵士は、呵責のない暴力を加えたそうです。
(しかし一番残虐だったのは、インドネシア国軍の兵士だったと言うことです。[アチェ独立運動の闘士の証言より])
◎議会内で華々しく政治闘争が行われている裏で、軍隊の変質が着々と進んでいたのです。
同じ間違いを犯してはなりません。
徹底した情報公開を絶対に実現させること。
政治家のリーダーシップを確固としたものとし、官僚の暴走を決して許さないこと。
武士道に変わるキリスト教信仰を軍隊の中に力強く浸透させること。
これらのことを通してのみ、軍隊(自衛隊)のシビリアン・コントロールが可能となるのです。
インクベイ改造さん、こんにちは。
申し訳ありませんが、(プロフィール欄に書いてありますように)まずご自分の信仰の背景にある教派と神学を明らかにしてから、コメントを書き込んでください。
「なぜそう感じるのか」、「なぜそう考えるのか」を明らかにしてから、質問を投げかけてください。
そうでなければ、質問に答えようがありません。
よろしくお願いいたします。